3. それより5年前

投稿者: ゆきお

「そんなことないでしょ。あのときは、もう掲示板のパートナー募集に返事しそうな勢いだったわよ。」

「そうだったけね。もう5年くらい前?」

「そうね。そのくらいなるのね。あの時期は、好奇心旺盛だったね、きみ。」

そう。あのころは今より欲望が旺盛で、今よりオープンだったと、絵里の言葉で思い出した。
私たちの、というか私の性的欲望には波があり、そのぶれがはげしかった。

私たちは、人文系分野の修士のときに知り合い、研究者志望だった私は博士課程に残り、彼女はそういった進路にさっさと見切りをつけて、ビジネスの分野に飛び込んでいった。

一方私のほうはといえば、博士課程を終えるころには、同じ道を進む大部分の人間と同じく、大学にアカデミックなポストを得て残るという希望をほとんど打ち砕かれていた。

私は得意だった翻訳に目を向けた。
恩師のつてで回してもらった下訳の仕事があり、そのうち訳者として名前の出る翻訳も出てスタートはよく、それが結婚の際の世間的にも役に立ったが、しかし経済の現実はそんなに甘くない。
学術的、文学的な翻訳で食えるわけはなく、いろいろなつてをたどって技術系の翻訳をこなすのが日常の業務になった。
彼女もコネで仕事をまわしてくれた。
こういうときに夫婦ということが部外者には分からない事実婚は便利だ。

「5年前」という話は、ポータブルのパソコンを新調したことがきっかけだった。
正確に言うと「新調してもらった」で、彼女の私へ誕生日プレゼントだった。

学生時代から使っている古くて遅いパソコンと格闘しているの見るに見かねた彼女がボーナスで買ってくれたものだ。
それによって仕事はよりスムーズになったが、この業界の不況で仕事が減る中、ポルノ関係のサイトをあちこち見てまわる時間のほうが増えた。

昔から文章を読んで想像するのが好きだった。
最初は、堅い翻訳で食べられないならポルノ小説でも訳してもうけるためと自分に言い訳しながらあれこれ英語のサイトをあさっていた。