15. 落ち着いて

投稿者: ゆきお

絵里の持ってきたワインは、私たちの間では特別なときにしか開けないようなサンテミリオンだった。
それを選んだ彼女の気持を分かるような分からないような気がした。

絵里は先程までと場所を変え、ソファーの私の隣ではなく、正面に座った。

私がワインをふたりぶんそそぐと、いつものくせで、なんともなしに小さく乾杯した。
乾杯などしているばあいか、という疑問はあったのだが。

久しぶりのランク上の赤ワイン、香ばしく、おいしかった。
それで気分がたしかに柔らいだ。

正面に座って、ちょっと気分を変えたかのような絵里が、優しい口調で言った。

「あのね、きみが前に、私に他の人とエッチさせてみたいって言ったでしょ、その言葉がなかったら、私、今回のような提案なんて、目の前でぴしゃりと断わったはずだと思うの。」

「ぼくのせいって言うわけ?」

「ううん、そういうんじゃなくて。その社長にそんな話を言われたとき、まっさきに考えたのは、きみのことだったわけね。あたり前でしょ、自分のパートナーがどう思うかって考えるのは。それで普通はは、そんなこと悪くてできないと思うわよね。だけど、きみの顔が思い浮かんだときに、私の中にやってきた言葉が、きみのそのときの言葉だったわけ。しかも一回じゃなく、何度も言ってたことあった。」

「確かにね。その心の動きは分からないではない。」

落ち着きを取り戻した私たちの間にまた、知的な冷静さを装おった言葉のゲームが始まった。

「で、その君がその社長と寝ることってていうのは、営業にほんとうに必要なのかい。」

「今、2社で競ってるの。最初こっちが有利と思ったんだけど、あっちのほうがかなり大胆なコストダウンと、何でも臨機応変に仕様変更するっていう条件を出して、向こうの担当者の気が変りだして、こちらはずるずると不利になっていってるのね。それでいろいろ特典をつけていて、それはそれで十分な説得材料ではあるんだけど、決定打というわけではないの。」

「ふ〜ん。それで君が社長と寝れば君んところに決まるという確証や保証は?こういうのって社長の意見だけじゃ決まんないんだろ。やられ損になっちゃうよ。」

「最終的には社長決裁だから、色をつけて見ため5分5分くらいの印象で残れば問題ないと踏んでるし、社長もそう言ってるの。あとは大人と大人の約束。紳士協定。」

「おいおい、そんなふうに簡単に人を信じちゃうのかい。」

「こういう時の私の勘って外れたことないのよ。」

その妙な自信に、私と結婚する前に絵里が、取り引き先の男を転職のステップに使ったことを思い出した。
そういうことができる女なんだ…。
あらためて、胸に苦いものが走った。

「で、君がその男とホテル言って1回寝てやればいいのかい? そんな簡単なものなのかい?」

「1回じゃなくて6回」

「細かいな。おいおい、もうそんなことまで話し合ってるのかい。」

「だって細かいこと聞かないと、話もなにもないじゃない。こういうのって、決めとかないと、逆にずるずるになっちゃうでしょ。」

「それは、そうだけど…」

いつの間にすっかりと、絵里のペースにはまってきているような気がした。