19. 二人だけで会って

「あのさ、絵里、ビジネスの話をしている人間が、急にそんな話を切り出すわけないよね。いくら、金や権力で女が買えると思っているやつでも。特別に親しくなって、そういう雰囲気にならないと。ていうか、もうその男と寝ちゃったりしたの、プレーは別にして。」

「寝たりなんかしてないわ。」

「じゃあ、どこでそんな話になるの。まさか会議の途中じゃないだろう。二人で会ったんだよね。」

「会議のあとね。」

「二人だけで?」

絵里がだまってうなずいた。

「何回くらい?」

「7、8回」

「ふーん。いつぐらいから?」

「半年くらい前から。」

「どこへ行ったの?」

「食事に誘われたわ。」

「それから?」

「飲みに行ったりした。」

「デートしたんだね。」

「そんなんじゃないわ。どれもみんな会議や打ち合せのあと、というか打ち合せの続きよ。」

「二人だけで?」

「最初は両方、他のスタッフといっしょよ。」

「示し合わせて二人だけで後から会ったこもあったんだな。」

「最後のほうは。」

「何回くらい。」

「だから、それが5回くらいよ。」

「どこに飲みにいった。」

「バーとかそういうとこ」

「ホテルのバーとかも行ったろ。」

「行ったわ。だってそれ、普通に接待でも使うもん。」

「バーのあと誘われた?ホテルの部屋とか。」

「誘われたこともあったわ。でも断わった。」

「きわどい話とかしたろ。」

「したわ。だからそんな話が出たのよ。」

「あのさ、絵里。営業ってよくそんなことしてたのか?誰とでもするのか?」

「あのね、会議の後に個人的に飲みに行くことはそれはあるの。だって男同士の営業もそうでしょう。キャバクラ行ったりする世界もあるわけだから。少し私的な場に移ってつっこんだビジネスの話をできるチャンスがあるのを分かっているのに、女性だからって、はい、ここでさようならっていう訳にはいかないの。日本の会社ってそう回っているのよ。きみだって分かるでしょう。」

「まあそれはそうなんだろうけど。」

「それは、女性だと相手によっては、セクハラまがいの質問や冗談とかある。そういう人っているもの。でも、それは上手に受け流さなきゃいけないのよ。」

「よくあるのか?」

「よくじゃないわ。でも、そういうのってあるってこと。そうやって少し親しくなって本音で話が出ることもあるのよ。確かに私も、そんなんで相手の興味をひきつけておくことはあるわ。」

「女の武器を使うんだな。そうやってて、今までホテルに誘われた相手は何人?」

「この仕事してから4、5人。」

「行った? 」

「行くわけないわ。じょうずに断わるってのが重要なのよ。」

「ほんと?」

「そうよ。」

「ねえ、聞いて。今度の話だって、私、きみに何も言わないで一人の秘密にしたまま実行することはできたのよ。」

「れうかもな。」

「私、あんなことがあった後に二人また一緒になったとき、約束したじゃない。きみと別れている間のことも告白したよね。そして、もうずっときみ一人だよって言った。きみが自分で何って言ったかおぼえてる?」

「『これからもし何があっても、今みたいに、正直に話してくれ』だろ。」

「そうよ。だからこうやって相談してるんじゃない。今までも何かあってたとしても正直に話してるわ。」

「ほんと?」

「あたり前よ。信じてないの。」

「信じる。」