20. どんなふうにここまで

投稿者: ゆきお

絵里のその言葉を私は信じた。

信じたと同時に、そんなふうに女の武器を使って男の気を惹きながら仕事をしている姿に、自分のいる場所とは違う世界にいる絵里を見た。

考えてみれば、私とよりを戻す前に、絵里は、転職先の実力者と親密な仲になって有利なポジションで転職していた。
私はそれを結果だと思っていたが、もしかしたら、それも絵里の駆け引きによるもので、もともと絵里はそういうことができる女なのかもしれないとばくぜんと思った。
しかし、それではなぜ、私といっしょになったのか。
絵里くらいの女なら、また社会的にも経済的にももっとポジションのよい男を同じように見つけられたろう。
そう考えると逆に、私のような、社会的には前途が閉ざされかかった男を最終的に選んだ絵里の私への愛情が本物に思えた。
絵里がほんとうはどんな女なんだろうと考えるとき、なそんな論理を、私はこの後何度も何度も反芻することになる。

仕事上、そういう危ういゾーンに踏みいれざるを得なかった必然性や、絵里の私に対する誠実さは理解できたとしても、私は、彼女が、私の見も知らぬ男たちと、私の知らない世界で、おおげさに言えば日常の業務の一貫として、男女関係にすれすれの際どい会話を話をしているシーンを想像すると胸が疼いた。
それで何もないと彼女は言ったし、それを信じはしたが、彼女が、それをそつなく笑顔でこなし、場合によっては男に媚びを売りながら、駆け引きをしているという事実が、逆にまた心を刺した。

そして、特に今、すでに具体的に、特殊な、そう特殊なSMという世界での性の取り引きが話題になるほど、ある男と親密に会話を交している、そこまでの濃密な二人の時間の積み重ねを想像すると、強く心が揺さぶられた。

知りたかった。
どんなふうにここまで来たのか。
そして具体的にどんな話が交されていたのか。

「あのさ、絵里。なんで、こんなふうに話がなったわけ。」

「成り行きで来ちゃったのよ。」

「成り行きなわけないでしょ。んなら意気投合してってことだろ。」

「そうね、そういう言いかたは誤解をまねく。何か偶然がはまったのね。」

「M気があるってのが見破られたか。」

「彼はそう言ってた。」

「彼」という代名詞がまた、心をちくりと刺した。
そして絵里にそんなことを言える人間がいることも。

「私、自分でM気があるかどうか、ほんとには分からない。それはきみが知ってるんじゃない。」

「確かに、ちょっとMっぽいシチュに特別に興奮してたな。でもそれ以上は拒否してたよな。」

「だって ……… 言えないわ。」

その言葉にドキリとした。
何かの言葉も飲み込んだような気がした。
ほんとうは待っていたのだろうか。
しかし、今の私はそれを追求するほうに頭はなかった。

「とにかく、M気があるように絵里が見えたとしても、どこでどうなって、そんな話になっちゃったんだ。」

「M気があるっていうのは、たぶん、どの女の人にも言っているのかもしれない。本人がある女の人に興味があるとき。今は私がその対象になっちゃったってことね。M気があるように私が見えたかどうかは別として、たしかに私に、どうやってでもこの仕事とりたいのオーラが出ていたのは確かかもしれない。」

「女の武器を使って駆け引きしようとしているのが見透かされたんだな。」

「そういうふうに言えば、そうかもしれない。こういうのってたぶん相互的なのよ、女の武器…まあ、きみがそういう言いかたをするからその言葉を使うけど、女の武器が有効な相手もいるけど有効でない相手もいる。多分私も向こうにそれが有効かもしれないことを感じとったのね。」

結局、ある意味、意気投合、言ってみれば共犯関係でここまで来たと言えるんじゃないか…と思ったが、もうそこを深く追求しようとは思わなかった。

「魚心あれば水心あり、か…」

「…」

「で、どこでどうなって、いつごろからそんな話になったんだ。」

「… あのね。たぶん、話せば長いの。きみに誤解のないように、今、全部いちいち話すのは難しい。きみだってひとつひとつ立ち止まって傷つくような話は聞きたくないでしょ。」

長い話か… やはり私が傷つくような、と絵里も思っていることがらなのか。
「長く、濃密な時間」という思いがますます深まった。

「いや、聞きたい。何があっても正直に話してくれるって約束したって言ったばかりだろ。」

「それは基本的に結果についてはね。どうしてもというなら、あとでゆっくり話せるかもしれないけど、今日の時間じゃ無理。それに今何時?」

もうすぐ0時になろうとしていた。

「それもそう…」

「それよりね、私が返事するにあたって、もっと基本的に確認しておかなければいけない大事なことがいろいろあるの。もう遅いけど、まずそれを聞いて。」

「わかった。」