21. より具体的な条件

投稿者: ゆきお

絵里と地方都市のその企業の社長との取り引きについて、絵里との話で私がその日のそこまで知りえていたのは、「絵里の営業しているプロジェクトの採用に便宜をはかってもらう交換条件として、その男と絵里が6回のSMプレーをする」ということである。

そして、さらに具体的な条件があるなら、どんなふうにここまで来たかよりも、れについて知るほうが先決というのは、確かに絵里の言うとおりだった。

もう夜遅いから要点だけ、と前置きして絵里が話したさらに具体的条件は次のようなものだった

・6回のプレイは、月1回を1月から6月までに定期的、具体的に言うと1月の最終週末からはじめて4週間おきに規則正しく配分する。
・絵里は、その会社のある都市(A市としておこう)にその都度赴き、土曜日の昼から日曜の昼まで24時間拘束される。
・さらに詳しくは契約書を交し、双方納得の上で事を進める。

私は絵里が淡々と話す、その条件を聞き、6回のSMプレーが私の最初の単純な想像を越えたものだということを認識した。

まずその期間の長さである。
密度の薄さは絵里の疲労度を考えれば歓迎すべきものではあるが、逆にそれだけ長期間、私たちの生活は、その影に覆われることになる。

「この期間はね、プロジェクトの進行とも関係があって必須なの。ある意味で両方にとっての保証でもあるわけ。」

「パイロットプロジェクトとやらの始まる4月以前までというわけにはいかないのか?」

「3月に6回が全部終ったたところで、4月になって蓋を開けたら、別の社に決まりましたあしからず、というわけにはいかないでしょ。」

「じゃあ、絵里のほうが4月になって、すみませんここで終りにしてくださいっていう可能性もあるわけだよね。」

「それも無理に決まってるじゃない。プロジェクトはパイロットなんだし、中間の評価もある、そしてその先に拡大することもあるわけだから。」

「じゃあ、逆に言うと、このプロジェクトが続く限りサービスを要求してくるかも知れないぜ。」

「あのね、一応会社なんだから、立ち上がりの微妙なとこで社長の決定が大きい影響を持つにしても、一旦全社的に動き出したプロジェクトを社長の一存でストップできるわけないじゃない。特にビジネス上の理由もなしに。そこいらあたりでも何億円とかその桁上の損失になるのよ。」

「そういうもんなんだ。その安全な時期が6月というわけ?」

「そう。だいたいそこいらあたり。6月にこちらが撤退させられたら、それこそ稼動に絶対に間に合わないから大騒ぎになるから、そこらへんが安定期というわけ。」

「そんなことまで考えて決めたのか。」

「そう、お互いに拘束力を持つ条件としてね。」

またもや、ある意味こんな淫靡なネゴシエーションをしている二人の姿、そしてそういう能力のある二人に嫉妬の気持を覚えた。

遠く離れたA市に絵里が週末に赴き、そしても泊りがけというのも、意外なことであった。
6回のSMプレーと聞いて、私が想像していたのは、どこか都内のSMホテルのようなところで絵里がその男の相手をしてくるというようなことだった。
それが遠くの場所で泊りがけで…。

A市は、羽田から飛行機で行けばたいした時間はかからず日帰りも可能だし、実際、A市という名前を聞いたとき、絵里が数か月前に2度ほど日帰りの出張をしたことを思い出していた。
(まさか、その時にはそんな話はしなかったろう…)

一方列車で行くのは現代ではナンセンスなほど遠い場所に位置していた。
その距離の持つ切断感は大きな不安材料だった。

「どうしても、A市に行かなければいけないのか。飛行機だぞ。」

「それは、向こうが譲れない条件なの。」

「君の話では、東京でちょくちょく会ってるじゃないか。」

「東京には月2回は、場合によってはもっと来てるわ。ただ言い分では、すべてビジネス絡みだからせいぜい営業にかこつけて私とバーで飲むくらいの時間しかないし、落ち着けるとしたら週末で、週末にはA市にいなければならない… その点は私も納得できる。」

「納得って、ぼくたちの週末はどうなるんだ。」

「最近少ないけど、2年くらい前までは、週末ほとんど出張っていう月もあったわよね。もちろんSMプレーで行ったわけじゃないけどさ。念のために。」

すでに、こんな軽口の出てくるところに、絵里のネゴシエーターとしての手強さを感じた。

「つまり週末に泊りがけで向こうに行くという条件は、あちらうが絶対に譲れないし、絵里も納得しているというわけだな。」

「そう。残念だけど。」

「…」

「私だって、やすやすとそんな条件を基本事項に入れたわけじゃないわ。ずいぶん抵抗した。でもこれは動かせないの。」

「拒否したら?」

「不成立。」

「分かった。」

「ところで飛行機代は出るんだろ。」

「あたり前よ。」

絵里のそのピシャリとした語気に、語尾や表情にわずかな皮肉も心なしかあわせて感じられ、私は自分の貧乏性が見透かされ揶揄されたような気がして、「余計なことを言った、しまった」と思った。

絵里の説明した条件が私の心に具体的にのしかかってきたのは、6か月という期間の長さと、週末に泊まり掛けで行ってくるという点であったが、それに加え、契約書といい、またきっちり4週間と規則的に日を指定する男の周到さ、計画性に私は、漠然としたしかしなんとも言いようのない強い不安感を抱いていた。