24. 決断

投稿者: ゆきお

絵里が出ていくと、一気にいろんな思いが押し寄せてきた。

あまりにいろんなことが急だった。

昨夜の遅くにはじめて聞く話。
それもゆっくりと考える時間なしに。

キッチンのテーブルにぐったり座りたい気持をおしとどめて、習慣の動きで、キッチンで朝食の後片付けをし、洗濯物を洗濯機に入れた。
そのまま腰掛けて考え込んだら、午前中いっぱいそのままの姿勢でいてしまいそうな気がした。

自分のデスクに座るのも気がすすまず、洗濯の合間に、ふだんはおっくうな、本棚や机の整理をやった。

しかし、気をまぎらしてくれる雑用も限られている。

翻訳の仕事に手をつけようと、PCの前に向ったが、いつまでたっても同じ画面を見ているだけだった。
頭は違うところにあった。

寝取られのストーリーの入っているPCのフォルダーに何度も手が伸びたがおしとどめた。
これを読んでしまってはいけない…。

しかし読まなくても、いくつかのストーリーが私の中にインプットされてしまっていた。

絵里が私の知らぬ男と性交渉をするという抽象的な観念だけでも、私を苦しめ、そして興奮させた。

私といっしょになる前に短期間絵里がつきあっていた男とのことが蘇えってきた。
その男の彼女がセックスをしているというシーンを何度も思い出した記憶が、そのときの興奮とともに戻ってきた。

気がつくと私は、何かが漲ったような自分の股間を触っていた。

何度も押しとどめ、いつの間に触っている。そして、それを押しとどめる… その繰り返しだった。

仕事はいっこうに進まかなった。

絵里が言うように、人生設計の話までに考えを進めなければならないと思った。

ノーと言ったら、どうなる?
以前のように生活は続くだろう。
しかし絵里の仕事は?
絵里が描いた生活設計は?
それに代る設計を私が、絵里に示しさえすれば…。

それ以上に思考は進まなかった。

絵里の言うことを理解しようとした。
理解しようという私の努力は彼女の論理を理解するよりも、彼女をそこへ追い詰めていることへの理解のほうへ向いた。

あらゆる論理的な思考の前に、なぜ彼女がその取り引きを必要としているのかということを説明したときの、ある時は切迫したような口調、ある時は諦めたような口調、あるいは固く決心したような口調、そして私を慰めるような口調が私の心を乱した。

彼女の無理に作ったようなうっすらとした微笑み、それとともに私を見つめた目が何度も浮かんだ。

絵里の考えに私自身の考えをぶつけ、説得し、彼女の意思を変えさせることに頭は働かず、私がノーと言ったときの絵里の失望をどんなふうに取り繕ろえるのかということだけに頭が回った。

私がノーと言っても、絵里の性格だと、静かにそれを受け入れるだろう。
明日から生活はまた普通に動き出すかもしれない。
彼女にとっては、自分が描いたビジョンが失われる喪失感を伴なって。
そして明日からの私たちの生活は、おそらくこれまでと同じものではないだろう。

1年2年たち仕事上のいきづまりが明らかになっていったとき、それが私たちの関係を蝕んでいくことになるのだろう。
その重苦しさに私は耐えられるか。

イエスと言ったら…
絵里は6回のSMプレーを行なう。
私の中にそれは激しい精神的な波を作るだろう。

絵里の心にも、そして私たちの間にも、何かの波が立つだろう。
しかし、それはもしかして、ノーと行ったときにこれから先ずっと私たちの生活を侵食する重苦しさに比べれば、制御可能なものなのではないか?

問題は私が、自分の心の中の波を制御できるか。
絵里が他の男とSMプレーをする、私がそれに精神的に耐えられさえすればよい…。
6回の週末をどうにか遣り過ごして、そしてその記憶を上手に封印していければ…。

一度つきあっていた絵里が私と一旦別れ後、また一緒になる前の期間、他の男と、恋人の中になり、セックスをしていた…私はそのことを上手に受け入れ、そして、オナニーの材料にさえしていたではないか。
他の男との関係の記憶は、私たちの性生活の刺激にこそなれ、それは私の絵里への愛や、私たちの生活を侵食はしなかったではないか…。
絵里の言うように、彼女が他の男と寝るという妄想にまで浸り、実際にそれを実行に移そうというところまで魅かれていたではないか。

いや、しかし、今度は話が違う。
SMプレー、私が絵里に妄想していた責めを、私の知らないところで絵里が受ける。

そんなことに私たちは耐えられるのだろうか?
いや、耐える耐えられないは私自身の問題だ。
絵里は、それを自分から選択した。
そして私に同じ選択を迫った。
賢い選択として。
私が耐えさえすればよいのか…。

そうして、絵里が私に対してイエスを言うように決断を迫られているそのことを受け入れられるのか、受け入れられないのかということだけが問題になっていた。

その決断が心の中に圧力になればなるほど、宙吊りにされた苦しさと、どこにももっていきようのない興奮が私のペニスに渦巻いていた。

それは、ずっと刺激されていながら射精を許されない状態が続いている感覚にも似ていた。

4時まであと30分というときに、絵里からメールが来た。

「返事を教えてね。イエス、ノーだけ書いてくれてもいいから…。どっちに決まってもきみの言うとおりにする。」

メールを見終わり目をつぶると、私の心の中に渦巻き、私の心を引き裂き苦しめ、捌け口のない興奮を与える圧力がどんどんと高まるのを感じた。
もうこれ以上耐えられなかった。

16:00ぎりぎりに私はPCから絵里の携帯にメールを送った。

「Yes.」

5分もたたずに今度は絵里の仕事用のPCから返事が来た。

「Thank you. I love you.」