26. いつものように

投稿者: ゆきお

興奮にまかせたオナニーのあと、惚けたような頭で、夕食のことを考えている私を、携帯のメールの着信が我に帰らせた。

絵里からのメールだった。

「今日のライブ、渋谷の××で待ち合わせね。7時半には着くから」

それを見て、すっかり今日の夜の予定を失念していたことに気がついた。
というよりその予定がまだ有効だったことが意外だった。

二人の大学時代の友人がやっているバンドのライブが、渋谷の小さなライブハウスであり、それに行く予定を週の初めに決め、二人とも予定表に書き込んだのは確かなのだが…。

昨晩、あの驚くべき話にそれを確認することを忘れていた。
今朝も私の頭の中はそれどころではなかったし、二人とも言葉数が少なく、それが話題になることはなかった。

しかし、いくら予定していたとはいえ、こんな気分で行くのか…?

まだ残業中だろうと思いながら、絵里に電話した。

絵里は出なかった。
仕事中はプライベートな携帯の電話には原則出ないと知っているので、仕事中なのだろうとは思ったが、中途半端な気分のまま、不在アナウンスを聞きながらそのまま電話を切った。

どういう風にメールを返そうかと迷っている間、5分もしないうちに折り返し電話があった。

「行くつもり?」

「行くわよ。だって、行くって、もうずいぶん前から返事してるし。それに年1回しかない機会よ。みんなに会える。」

「そうだね、分かった。」

電話は簡単に終わった。

一人で考えているときには何度も頭に浮かんでいた「何もこんなときに」という言葉は、会話のなかでは出てこなかった。

それは、逆にこの言葉が出ることによって、私たちが直面している現実を見なければいけななることを、避けるかのようだった。

大学時代の共通の友人夫婦と他の同級生で学生時代から続いてるアマチュアバンド年1回のライブは、最近では、親しい仲間の同窓会ようなものなっている。

確かに絵里の考えているとおりかも知れない、と思った。

予定をキャンセルして、二人で長い金曜の夜を自宅で過ごしたとしてどうなる。
気詰まりの空気をどんな風に取り扱っていけばいいのか。
話し合う機会は、土曜にも日曜にもある。

それに、あのことが私たちの生活に影を落としてはいけない。
「それ」が過ぎ去るまで、できるだけ私たちの生活は、それに影響を出来るだけ受けないように、いつものように続いていかなければならない。
年一度の私たちが仲良し夫婦あることを自他ともにいちばん良く確認する機会を、こんなことで自分から放棄してはいけないのだ…。