33. 契約書を読みながら 1

投稿者: ゆきお

腹が決まると、私は遅い昼食をとって気持を落ち着け、目の前につきつられた問題を一つ一つ整理するかのように、ゆっくりと契約書をもう一度読みはじめた。

まず、契約書の冒頭にある、6回の日程を自分の予定表に一つ一つ照し合わせていった。
私の絶望的にすかすかの予定表で、それらの日々が何かにぶつかるということはなかった。
今年は週末にあるはずの絵里の誕生日にもあたっていなかった。
二人でゆっくりしようと思いながら、まだ何も計画をたてていない連休もうまく避けられていた。

次に、土曜日から24時間の滞在が具体的に私たちの週末に影響を及ぼすのかを見るために、航空便の運行表を確かめた。
契約書にある遅くても17時に到着のことという時間を見て、その時間を標準に考えると、チェックインの時間を考えてもぎりぎり15時ごろには空港に行っていればよく、帰りも19時前には羽田に着く。

その時間がぎりぎり遅いほうだとして、15時ごろA市着だと13時ごろに空港、帰りの便が17時前に羽田に着くことになる。14時だと…。
そして家の最寄り駅から羽田までの所用時間がだいたい40分…。
いずれにしても週末の私たちに与えられた時間は、土曜の午前中のひと時と日曜の夕方あるいは夜ということにが分かってきた。
土日ぜんぶがなくなるわけではないということに安堵していいものか、それともその時間しか残らないということを嘆くべきなくのか、複雑な気持だった。

しかし、確かに、かつて、絵里がほんとうに忙しいときは土曜も日曜もなく、これより拘束時間の長い出張が続いたこともあったし、土日出勤で私が寝ている間に出て、ほとんど眠くなったころ帰ってくるというようなこともあった。
それから比べると、時間の面だけを見ると、二人の生活から失われなるものは思ったより少ない。
月に1度なら許容範囲かもしれないと思ってきた。

運行表と乗り換え案内を首っぴきに、そんなことを思いながら、何度もシュミレーションをした。

時間だけは私との話し合いの余地があるかもしれないと思いながら、そのときの二人の週末の予定をいろいろ思い描いたりもした。

しかし、逆に、具体的に時刻表を見ながらシュミレーションをしてみるということは、彼女がA市の空港に着いたとき、A市の空港を出発するときののことも生々しくイメージさせるものがあった。
指定されたホテルに一人で向かうのか、それとも先方の男が迎えに来ているのか…。
それは分かないのだが、私にはどうしても、A市の空港で男が出迎えに来ているシーンを頭から追い出すことができなかった。

抽象的とはいえ契約書に具体的な指定があることによって、想像がより現実味を帯びてくる、その働きを嫌というほど思い知らされはじめた。
記載されていない報酬のことはどうなっているのか、相手がきちんと契約を守るという保証はどうなっているのか、これについてもあれこれ考えをめぐらせたが、絵里にゆっくりきいてみるしかないと思った。

現実を念頭に起きながら附則を読んでいくのは、かなりつらかった。

全体的に言えば、私がばくぜんとSMプレーということで想像していた枠内のものとしては、いろいろな制限をつけていると感じた。
恐らく絵里が「予備の交渉もぎりぎりのところまで相当厳しくやった」言っていたような過程で、絵里の要求もかなり通ったのだろうと思った。
禁止・留意事項があり、体への傷とかスカトロプレーとか絶対に避けなければならないということが明記されていることは、それだけで安心材料ではあったが、逆に言うと、そこに書いていない多くのことが成されるということでもあった。

その中で、ぽっかりと挿入されている「肛門性交の禁止」は、不思議な安堵感とともに、何か拍子抜けしたような気持を生んだ。
潜在意識の中で、私自身が秘かにそれを、期待と言えないまでも、予想していたのだろうか。

絵里をイメージしながら、SMビデオや画像を見ていたときの思い出が蘇えってきた。
そうした過去のエロチックな妄想と、私が妄想していたことが実際に絵里に起きるということの心理的ショックでそうした妄想が追放されている状態は、先週の金曜日を最後に、これまで上手に二つの切り離された領域になっていた。

しかし、その間の境界線が微妙に揺らくのを感じはじめてきた。