34. 契約書を読みながら 2

投稿者: ゆきお

妄想と突き付けられた現実の境の心理的に危ないゾーンにいることを感じながら、契約書の附則をなおも読み続けた。

第三者の同席の禁止や撮影・録音の禁止はもしかして絵里が強く主張して入れされた条件かもしれないと思った。
ネットなどの知識から、この手のプレイに写真はつきものと思っていたので(考えてみれば、ネットでは写真のあるプレーしか目に触れないわけで)、写真や動画をもとに契約の終了後も関係の持続を強要されたり、ネットに故意にあげられたり、あるいはうっかり流出して不測の事態になることを避けるということでは賢明だし、絵里らしいと思った。

しかし、後になってこの条項が私を苦しめる要因なるとはこのとき思わなかった。

記録を残さないということを相手が受け入れたということは、その男の柔軟さを示しているようにも思えた。
セイフワードの条項といいい、条項の端々に、事務的ながらも男のほうからも、絵里の安全に対する配慮を示しているように感じられるのは、少なくとも、思いつきの一度SMプレーをやってみようというような人間ではなく、その道の経験の多い人物を感じさせた。
そのことは安心感と得体の知れない不安の混った微妙な気持を引き起した。

やはり何といっても直接的に私の心を刺したのは、「避妊、妊娠回避の義務」の条項であった。

SMプレーに挿入を伴なう性交を混じえない人間がいることを私は知っていた。
しかし、このばあい、絵里から話をきいた際、私はそれが、性交渉を伴なうものだという予感を最初から持っていた。

そもそも絵里が話を切り出したとき、私が絵里が他の男とセックスさせてみたいと思っていた過去の話から切り出されたことや、絵里と私の話し合いの流れが、性交渉とひきかえの取り引きの+αの条件としてSM的行為が加わわるというような認識だったため、性交渉が行なわれるということはすでに二人の間の暗黙の共通認識であったし、この点についての覚悟は私のほうでも覚悟はできていた。

私自身、冗談めかして

「じゃあその男に6回嵌められちゃうのか。」

などと絵里に言っていた。

しかし、この条項により、いわゆる「中出し」ということに意味づけがされていることで、今までの覚悟とは別の部分を刺激した。

元来私は「中出し」という言葉が私は好きではない。
もともと絵里が長年ピルを使っていることで、それがセックスの自然の形だと思っていたので、私の中では避妊ができている限りコンドームを使わずに膣内に射精する性行為に特別の意味付けはない。

恐らく、別の場合、絵里が浮気をしたとしても、病気についての懸念を除けば、コンドームを使ったか使わなかったかということに特別のこだわりはなかっただろうと思う。

この場合も、絵里が私以外の男との性交渉をするということを予想したときも、実は、コンドームを使うかどうかということに対する想像力は及ばず、むしろ、わざわざ意識することはないにせよ、無意識のイメージの中では直接ということを前提していたように思う。

恐らく、むしろこの条項がなかったならば、絵里がピルを飲んでいることの安心感のほうだけに関心があり、相手の男がコンドームを使ったかどうかについては、事後にきいてもよいくらいのものだったと思う。

が逆にこの条項によって、絵里が妊娠できる体を持った女であること、その子宮内に精液を注ぎ込むということが特別の意味を持つということ、セックスの中でコンドームを使ったものと相手の膣内に精液を注ぎ込むセックスに区別があるということ、そしてそのことに相手の男が、意味づけをし、執着心を持っているということが、私に生々しいものとして迫ってきた。

そして、絵里との自然のセックスの中で、今まで意識しなかったものが、私にとっても生々しく伝染してきた。

今まで私があえて思い浮べなかった「中出し」という語が、契約書には書かれてはいないものの、私のAV世界についての知識、ネットでみる小説、告白文の類での、この行為に対し特別な意味づけをする形容として私の中に浮かんできた。

「避妊、妊娠回避の義務」の条項は、文面だけを読めば、不測の事態に陥るのを避けるための注意を喚起したものであるが、それが、ピルという手段を講じるのは絵里にあるとしても、それにしても全体的に絵里に対して発せられたような文面になっているのも微妙にひっかかった。

これは、後から絵里からきいて知ることになるのだが、絵里がピルによって避妊をしており、直接の性行為も辞さないということについてあらかじめ知り、現実には必要なかったにもかかわらず、表向きは実際上の配慮を旨としたこの条項の挿入を強く望んだのは小野寺氏であった。
そしてそしてそのことの深刻な影響を私たちはあとからじわりじわりと感じることになる。

そしてその一端を私はこのときすでに、「中出し」という自発的にやってきた言葉によって、悪い予感として感じとっていた。