39. メールによる繋り

投稿者: ゆきお

タイムテーブルのデータが絵里のアドレスに送られると、顔を寄せて私のPCの画面を見ていた二人の顔が離れ、今までの緊張が解けた。
その一方で、また新たな現実に向けて身構えるようなか空気がかすかに漂った。

絵里は、ソファーの前のテーブルに置かれていた空のワイングラスを手にとると、キッチンへ行き、冷蔵庫からボトルを出して、新たに冷えた白を注いだ。
そして、グラスをそのままキッチンテーブルに置くと、自分の衣装部屋兼作業部屋へ消えた。

2、3分もしないうちに絵里は、自分の部屋から雑誌を片手に戻ってきて、それをキッチンのテーブルに置き、しばらくページをめくっていたかと思うと、雑誌をそのままにグラスを手にしてソファーに戻ってきた。

「何か面白い記事でもあった。」

「ん…たいしたことないんだけど、ちょっと気になったから。」

絵里の態度に曖昧で不自然なものを感じ、質問してみた。

「時刻表のメール届いてた?」

「あ。うん、ありがとう。」

「それは、よかった。」

「そう言えばね…」

契約書については、まだ話さなければいけないことがあるはずなのに、その話に移らなければならないことをお互い意識しながら、飛行機の時間の件で一段落したように、会話は別の他愛もないことに逸れていった。

しばらく会話を続けていると、ビビーという携帯の振動音がキッチンのほうから聞こえすぐに止んだ。
絵里の携帯のメールのマナーモードの着信バイブだ。

絵里は一瞬はっとした表情になったが、無視して話を続けようとしていた。

「メールだよ。」

「…うん…」

「見なくていいの?」

「そうだね。」

私の言葉に促される形となった絵里は、困惑を隠すような表情で立ち上がり、キッチンの椅子に下げっぱなしになっていたバッグから携帯を取り出すと、画面を一瞥しただけでパチンと閉じ、またバッグにしまい、戻ってきた。

絵里は無言のままワイングラスに口をつけた。
何事もなかったふうを装おう絵里の無言はむしろ不自然な印象を私に与えた。

胸さわぎのする直感とともに、質問をしてみた。

「もしかして、到着時刻の返事?」

絵里は、しばらくの無言の間の後、目を伏せて頷いた。

「ごめんなさい。メール、そんなつもりはなかったんだけど、どうしても今日中に返事しなければいけなかったから…」

絵里の口調は、先程までとはうって変わり、小声でおずおずとしていた。

やはりそうだったのか…。
絵里が短い間であっても部屋に消えたとき、先方へのメール連絡ではないかという直感があった。

「そんなつもりって、メールのやり取りをぼくに気づかれたくなかったってこと?」

「…」

絵里は、やはり無言で頷いた。

「携帯、うっかりしてたから…」

絵里が重要な発信元からのPCメールを携帯に自動転送しているのは知っている。
うっかりというのは、先方からのメールを携帯転送にしてあるのに、バイブレーションモードになった携帯をキッチンにバッグに入れたまま置いてしまったということなんだろうという意味であることは察した。

今まで、仕事関係でそういうことは時々あった。

しかし、今日はその着信の気配が特別な意味を持ち、私の直感に触れた。

相手からのメールは、この家にいる絵里のところに着信することがあるだろうということに私は気づいた。

先ほどのように絵里もメールを送ることもあるだろう。

出発前となると急ぎの連絡もあるだろう。
事務的なものとすれば理解できないことはない。

しかしそれはいずれにしても、この家にいて絵里と相手がメールで繋がっているという事実を示していた。

そして、私は今しがたのように、そのことに敏感になるだろう。
絵里が、そのことを知られないように私に気を使えばなおさらに。

どこからか分からないままでも、ちょっとしたメールの着信の気配は、私たちの間に微妙な空気をのさざ波を立てることになるだろう。

「そのこと」が私たちの生活にじわじわと侵入してくるその広がりについて私は悟りはじめた。