47. ランチ

投稿者: ゆきお

外へ出ると、1月の末としては生暖かく湿った日だった。

陽気はいまひとつだったが土曜日の午後ということで下町風の商店街は若者や老人、家族連れで雑然と賑わっていた。

歩きながら、雪が積もっているはずの「向こう」の光景を想像した。

雪がほとんど降らない太平洋岸に生まれ育った私には、雪はいつも、ロマンチックなイメージと結びついている。

絵里は、到着して向こうで相手と昼食ということになっていると説明しての旅立ちだった。絵里のチェックイン先が一流のシティホテルだと分かった今、二人はそのホテルのレストランでで遅い土曜のランチをしているのではないかと直感、いや、妄想した。

フォーマルな装いの絵里の向かいに、社会的に経済的にも余裕のありそう中年の男。レストランの広いガラス窓越しに広がる雪景色。

そんな風景は私にとってクリスマスのような特別の時のものだった。その相手が私だったら — そして実際に絵里との長い付き合いの中で過去に一流ホテルとまではいかないけど数度そんな雰囲気を味わう機会はあったのだが — それは甘い思いにつながるものだろう。しかし、今はその甘さの分が、酸っぱいものとなって胃のあたりに広がった。

昼食を相手の男とすることになっていると絵里から今朝聞かされたときに、何か割り切れない思いがした。到着してすぐさまプレーとういうことでなく、なんらかの時間的余裕があること、そしてそのことでプレーの時間も短かくなるという思いで自分に納得させたものだが、そこで予感した割り切れなさの元が、今はっきりとその正体を現わした。

そんな光景を想像してしまうと、どこで何を食べるか決めるのがひどく苦痛になった。

最初適当に牛丼か何かで済ますつもりだったが、想像の中の「二人」と対比とすると、あまりに自分が惨めで、そんな気になれなくなっていた。

絵里と時々行く、こじゃれたフランス料理店やビストロも知らないわけではなかった。が、今のランチの時間帯、女性客ばかりの中に男一人で行く勇気もなかったし、そんなところで、見えない目の前の絵里を相手に食事するのももっと滑稽で惨めに思えた。

第一、緊張のためお腹が空いているかどうかさえ分からなかった。

しかし、少々無理してでも何か食べないと持たないと思い、商店街を何度か往復したあげく、横道に入ったところに、高級な部類に入る地元の老舗の小さな蕎麦屋があることを思い出して、そこに入った。

天ざるのメニューから、いつもは頼まない上天麩羅を奮発したのが、我ながらいじましかった。しかし、心の余裕は与えてくれた。

ビールの小瓶を頼み、アルコールが入ると気分が少しほぐれてきた。

回りを見渡すと、一人で老舗の料理を堪能しにきている食通らしき男が二人ほどいた。

対面の席の空いた小さなテーブルで、目の前に相手がいる食事などはなから考えたこともないというような自然な態度で、思い思いに黙々と飲み食べている。

そんな男たちの仲間に入ればいいんだ。

独りで食事するための逃げ場がなんとか見つかったような気がした。

こんな風に男独りで楽しむためにする食事…何年ぶりだろうか。絵里と暮し出す前には、大事な一仕事が終ったときなど、ときどきあったものだ。なつかしい、そして妙に居心地よくさえある思いにとらわれた。

今思うと、その先慣れて行かなければならない自分の精神の居場所を、最初の日の何時間かで、私は犬のような鋭い嗅覚で見つけたことになる。