53. 誤算

投稿者: ゆきお

その夜は結局それ以上にプレイについての話は進展することなく終わった。
ベッドに入ってセックスすることもなく、寝物語の形で発展することもなかった。

やはり絵里は疲れている様子だったし、何より私のほうに、土曜日午後からの様々な精神的な負荷で、十分な性欲が戻っていなかった。
昼遅くまで寝ていた私のほうが、寝つきは悪かったが、明け方になる前にはどうにか眠ることができた。
一人の間にあまりに想像力を使い果たした私は、プレイのことを順序だててあれこれと想像する余裕もなく、むしろそれから逃げようとした。
絵里が同じベッドにいる感触に安らぎ見出すようにつとめているうちに、時々戻ってくる想像の断片が、今ここにいる絵里とは無縁のような遠いものになっていき、次第に間遠になって、私自身眠りに落ちたのだった。

朝とともに、いつもと変わらぬはずの週の始まりが訪れた。

絵里を送り出したあと、昼過ぎまで仕事に集中したが、翻訳困難な部分に差しかかりストレスを受けると、にわかに性欲を感じた。
私の生活のリズムではお馴染みのものだ。
それをマスターベーションではらしながら、また仕事に戻る習性は、十代の受験勉強のとき以来変わっていない。

1週間あまり前の週末、絵里から話があった後にも訪れた瞬間だ。
しかし、あの時とは違い、今度は絵里がの男とプレイしていることの想像と結びつけることはかろうじて避けられた。
今度はその生々しさのレベルが違いすぎた。
その分抑圧する力も強かった。
そして、思い浮かべることは性欲の昂進に繋がらなかった。

性欲そのものを自制することもできた。
いや、自制できるほどにはそまだそれが激しくは戻ってきていなかった。

自制したのは、今夜は、帰ってきた絵里を抱きたいと思ったからでもある。
悦楽の戯れに紛れて、あるいはその後のゆったりとした雰囲気中で、週末の例の3時間のことについてもう少し聞き出すつもりだった。

しかし、その心算はその夜あっさりと裏切られた。

何事もなかったようないつもの夜を過ごした後、ベッドに入り、私が挑むそぶりを見せたことに、絵里は困惑したような曖昧な表情で言った。

「ごめん…今日からなっちゃったの。」

「あ、そう…」

ちょっと虚をつかれた思いだった。

絵里は、長い間のピルの服用の習慣で、その効果は安定しており、今では生理の始りの日はほぼ一日たがわずコントロールされている。
そして、それが月曜日に始まるように設定されているのは確かにもう何年も前からだ。

「何もそんなタイミングでスケジュールを設定しなくても…」

欲望の持って行き場を急に失って思わずそんな言葉が出た。
ベッドに入る前の絵里のその晩の態度が、あまりに昨晩のことなどなかったかのような冷静なものだったことにややいらつき気味だったこともあり、私とのセックスを避けるためにそんなスケジュールを選んだのか…というような被害妄想的な考えさえちらりと浮かんだ。

私の口調にそんなニュアンス込められているのが伝わったのかもしれない。
絵里の返事は、反論の色を帯びた。

「あのね。悪いけど、ほんと偶然なの。契約の成り行ききを見てたからきみも分かるでしょ。私も避けたかったんだけど。それに、今日はじまりになっているのは、きみの希望だったでしょう。知ってると思ってた。」

その言葉には明らかに二重の批判が含まれていた。

第一に、仕事や実生活の面ではいろいろと負担が多いにもかかわらず生理が月曜日に始まるようにしているのは、私との週末のことを配慮してのものでもあり、ずっと以前に私がそう希望したのを受けての習慣の続きであった。

第二に、私が絵里の生理日を把握していなかったことである。
5年前なら絵里の生理日の週を忘れることは絶対になかったのに、特にこの1、2年ほどは、自分からはそれを意識することがないほど、セックスの頻度が間遠になってきていた。
以前にこちらから求めた際、絵里の生理日で、そのことについてのやんわりとした批判のニュアンスのこもった言葉を受けたことがやはりある。

そうしたわけで返す言葉がなかった。

二十代の半ばくらいまでなら、欲望が高まったときには、生理中であっても厭わずにセックスしたこともある。
しかし、最近ではさすがに、お互いいろんなことでの大義さが先立ち、その期間中は禁忌日というようなものになっていた。

その夜、それを犯す気力には私にはなく、絵里にもなかっただろう。

思いがけぬ宙ぶらりんの数日が約束された週のはじまりとなった。