57. 適応

投稿者: ゆきお

1回めのプレイとそれに引き続く彩に満ちた夜は、私たちの生活に新しいリズムをもたらした。
2月最終週末の第2回目のプレイによってそれはさらにはっきりと実感された。

もともと、絵里からこの話を最初に聞いたときから、私の性的欲望と行動は、一つのパターンへの傾向を持っていた。
まず、激しい嫉妬による精神的打撃から性欲の喪失が訪れる。
そのショックが癒えてくると、今度は、寝取られのシチュエーションに対する性的興奮、そして昼間一人のときの妄想とマスターべーションの日々。
そしてしばらくそれが続くと、最後に絵里への優しい気持ちと欲望がもどっ戻って来る。

その意味で、最初私を失望させた第1回めのプレイからの帰宅直後の禁忌の1週間は、元々の私のリズムに合っており、その決まった期間が妄想とマスターベーションに費やされることで、はっきりしたリズムの確立に寄与することとなった。

2月の終わりの土曜日の朝、絵里は淡々と普通の出張をこなすように出発し、日曜日夕方に、同じような調子で帰ってきた。
帰ってきたときの様子は、最初の時よりむしろ朗らかでさえあった。

出て行ったとき、黒いセーターにタイトスカートというスタイルが、前回よりも、絵里の女性らしさを際立たせていることに気づき、それを指摘した。

「さすがに、リクルートスーツみたいなパンツスーツじゃあんまり…」

「それはそうだね。小野寺から言われたの。」

「やんわりとね。それに私もちょっとちぐはぐな居心地だった。」

そんな会話を嫉妬のちくりとした疼きともに交わす余裕さえできていた。

土曜日の午後と夜、私は外出して過ごした。

出身大学の学生街にある学生時代に行きつけのロックのかかるバーに久しぶりに行き、終電までいて、マスターと知り合いの近況について話し、いい気分で酔って寝るようにし向けた。

私は、リアルタイムの妄想を上手にコントロールする技術さえ身につけ始めた。

昔の知り合いの話に興じていると、絵里が今行っていることが、ひと時も頭の片隅を離れないにせよ、酔った頭に、何か遠くもののようにぼやけていく瞬間さえあった。

前回のように、もがいてももがいても、手の届かない何かではなくて、今の私とは切れていることを受け入れなければならないものとして。

日曜の朝起きて一人で残りの時間を過ごしても、絵里が過ごした夜についての妄想の力は、狂おしいほどに自分を虐めるほどには、もうあまり働くなくなっていたた。
もとより大部分の妄想は、絵里が帰ってからの、昼間のオナニーと、夜の語りで消費しつくしていた。

同じ時間を想像の中で同時に生きるのではなく、別々の時間を、別々の人生の一コマを生きていると感じる瞬間が訪れるようになった。
その瞬間は今ではなく、絵里との語りの中で生きていけばいいとも思えるようになった。

そう思うと、精神的に重くのしかかるものが、胃のあたりから下腹のほうに移動する気配を感じ、前回はまったく感じるどころではなかったかすかな性的興奮の兆しさえあった。
自分のものを自分で積極的に刺激したいと思う欲望の迸りにまでは至らないまでも、約束された快楽の夜への期待は何か怪しい下腹部の疼きになった。

おかげで前回のときのように胃液の過剰な分泌によってトイレ通いをしなくても済んだ。

リズムの振れ幅が小さくなってきたと思った。

それはまるで、新しい生活の状況に慣れながら生きる練習をし始めたかのようだった。
そして、練習を上手くこなし適応して行く自分を感じた。

もちろんこの時は、しばらく待てば絵里との夜ごとの語りで体験を共有できるという条件、そこで約束された快楽への期待に支えられてのことであった。