58. 接待

投稿者: ゆきお

日曜日、4週間前と同じように絵里が帰ってくると、私たちの行動は、まるで過去の一回のサイクルですでに決められた儀式を遵守するかのように進んだ。

私が用意した洒落た軽い食事を肴に飲みながら、朗らかでありさえする会話が続いた。
離れている間にお互いが食べた物、飲んだ物について語り、そして、ブレイの件を巧妙に迂回しながら、絵里が向こうで見聞きしたものについて語った。

プレイについて話すことに関して探り合いをする要素が減じていたぶん、二人ともリラックスし、舌は滑らかだった。

前回は果たしてプレイのことが聞きだせるかどうかも分からなかったし、どんなタイミングでで、どんな話がというのも分からず、それが会話の中に始終重苦しい緊張感を与えていた。
それに比べれば、今回は今日のうちにどんなふうに、どのくらいの話をするか分からないまでも、適当に成り行きにまかせておけばいいし、早晩次の週末からゆっくり聞けるだろという思いがあった。
それが心の余裕を産んでいた。

会うたびにセックスをするのに慣れはじめた相手とデートするとき、会話中に、その夜ホテルに行けるかどうかということで頭をいっぱいにしなくてもよくなったリラックス感にそれは似ていた。

新しい状況への適応は、私一人でなく、私たち二人の関係においてもこうして始まっていた。

私が昨日行ったバーの話と、そこで聞いたその店の常連の同級生や知人の話で、会話はひとしきり盛り上った。
絵里はロックにあまり興味がないので、そこの常連というわけではなかったが、学生時代や卒業してもしばらく私といっしょに時々はそこへ行っており、常連にも顔見知りがいる。
とはいえ、いつになく、そんな過去の話で盛り上ったのは、今よりも無垢だった若い頃の共通の記憶を蘇えらせることで、私たちの間の長い時間の絆を確認しようという気持が二人の無意識の中にあったのかもしれない。

そして、絵里が小野寺とともにした食事について、前回より気楽な調子で会話することががきた。

昨夕は、夜の時間を長くとるため、絵里は出発前に羽田でサンドイッチで腹拵えをして、夕方遅くからの早い夕食を、小野寺のよく知るフレンチレストランでゆったりとったとのことだった。
前回は食事の内容について中途半端にしか語らなかったが、今回は、絵里が自分だけ行った重要な会食の後にいつもやるように、メニューやワインについてこと細く説明した。
もちろん私のほうからいつものように質問したからでもある。
相手の食べたものについて私が水を向けたときだけ、「コースだから、似たようなもの」と言葉を濁した。

「すごくおいしかったのよ。とにかく素材がね…」

「値段もよかったんだろ。」

「そのはずだわね…。でも…、全部終わったら、いつか私がきみを招待してあげる。」

絵里は、出張や接待でいい店に行くと、ひとしきり話をした後は必ず、次は私と一緒に行きたいと言う。
それは単なる私に対する気遣いの社交辞令だけのものではない。
実際、行きたがる。
「何だか一人だけいい思いをしているのって悪くって」、「おいしいなって思うと、いつもきみがいたらいいのにって思うの」…毎回発せられるそんな言葉は、彼女の気持を純粋に表現していたと思う。

その手の店は、必ずしも私たちが気軽に行けるようなところではないのだが、絵里は私のプライドが傷つかないように上手に気を遣いながら自分の払いでそんな店に行く機会を折に触れて作った。
現に、昨年も、絵里が数年前に京都に出張したおりに接待で行ったという旅館の食事コースに私を招待してくれた。

「いつか私がきみを招待してあげる。」という言葉は、そうした私たちのこれまでのことを踏まえてのものである。

このときだけは、何もそんな店についても思ったが、絵里が、いつもの純粋な気持をリラックスした気分から発したものだということは分かった。
そして、このときは彼女が口にすることのなかった「きみがいたらいいのにって思うの…」という口癖を自分の頭の中で反芻した。
その時の食事の時にも絵里はやはりそう思ったのだろうか。
それは疑いもないことだと私は今でも思う。

そうしたわけで、「いつか私がきみを招待してあげる」という絵里の言葉に対し、私は、複雑な心中から反射的に出かかった「いいよ、そんなこと」という言葉を飲み込み、「そんな機会がきたらね…」と曖昧な返事をし受け流した。

そして、これはずっと後のことになるのだが、絵里も私も、その時には思わなかった形でそこでテーブルに向き合って食事する機会が来るとは、このときには想像していなかった。

このときをきっかけに、絵里が小野寺から接待を受けた食事についての話は、毎回私たちの会話の種となった。

絵里は、30代半ばのキャリアを持った女性相応に、美食や良い店に詳しく、そして目がなかった。
そうした視点から、くったくなく、食べたものや店の雰囲気について話し、私もそれをいつもの共感ともに想像しながら聞いた。

もちろん私に嫉妬の気持がなかったわけではない。
私がせいぜい年1度清水の舞台から飛び降りるような気持でしか払えない勘定を意に介さず、まるでその辺りでピザでも食べるような感覚で毎回払える男の接待を絵里が受けているということは、私の自尊心をちくりちくりと刺した。
しかし、その事実から目をそむけてもしょうがないし、絵里にそれをやめるように言ってもしょうがない。

すでにこれまで仕事の付き合いや接待で行っていたレストランの食事でも、そのたびに、いちいち嫉妬していてはきりがなかった。
絵里が勤めはじめた最初のころは、なんとなく面白くないと感じたこともあったが、じきに、嫉妬したり、無視するよりも、むしろ、絵里が享受したものを絵里のために、絵里といっしょに喜ぼうとする習い性がすでにできていた。
そのために私たちの間では、絵里もそうした機会のことを積極的に話すようになっていた。
そして私に気を遣って私とその世界を分ち合おうとする絵里の努力もあった。

しかし、小野寺からの接待に関して言えば、そうした習い性から、食の快楽とはいえ、絵里が与えられ受けた快楽を、詳しく知り、自分のことのように一緒に喜ぶ態度をとっていったのは、別の面においても似たような態度をとり、それに慣れるための心の準備を無意識にしていたためだったのかもしれない。
絵里もそのことに気がついていたのだろうか。