65. 代理

投稿者: ゆきお

絵里が6回のプレイに徐々に大きな快楽を覚え、それが彼女の性的嗜好を変える、少なくとも新しい嗜好を加える可能性について、もちろん私も絵里も無頓着だった訳ではない。

「このままいくとSMプレイの快感が病みつきになるよ。そしたらどうする?」
「そしたら、きみにいっぱい責めてもらう。」

そんな会話もした。

私がそうだったように、SMについて深い経験を持たない男のほとんどは、AVに描かれているような単純化された枠組みでしかSMを知らない。

そこでは、女性は誰でもM性があって、縛って、鞭うち、電動の器具で性器に刺激を与えてやればじきにそこから大きな快楽を得、苦痛の叫びが歓喜の声に変わるようになり、そのことの味を忘れられなくなる、そういう存在として捉えられ、描かれている。
M性の度合いは人によって違うがそれは時間の問題だ。
脅迫だろうが監禁だろうが、あるいは合意の誘惑だろうが手段はあまり問題ではない。

究極的にはそのようであるのかもしれないが、現実のSMの関係はそれほど単純なものではない。
むしろその単純でないところに潜むものが、社会的な存在でもある人間に及ぼす力としては危険なものなのだ。
しかしそのときの私は、やはり未経験の男として、一般的な単純化された見方しか持っていなかった。

絵里の性的な変化については、そのうち、被虐の行為が今まで知らなかったような快感となり、それを好むようになっていくだろう、そうした快感を月に一度のプレイの機会に徐々に発見していく…そんなイメージを持っているにすぎなかった。

そうした役割を持った月一度のプレイが他人に委ねられ、そのことによって絵里の性が変えられていくということは確かに、私にとっても、絵里にとっても未知の不安な要素を含んでいた。

だからこそ、不在の間のできごとについての不安を打ち消すため、私は絵里に語らせ、その語りと毎夜の快楽で、その埋め合わせようとした。
私は、そして少くともおそらくこの時点での絵里も、それが十分に出来はじめているという手応えを持ち、そして出来続けると信じていた。
実際に、そのことで強くなる二人の絆があった。
そうである以上、6回のプレイは、人生における6夜の挿話として、私たちの千夜一夜の中に閉じこめておけるという思いで安心していた。
が、その千夜一夜は、実際の行為としての6夜の上に築かれた、幻想の夜でしかないということを私たちは忘れていた。

そして、私たちが夜ごと夜ごとに、そのときの細部を語り二人の快楽の材料にするその行為には、大きな落とし穴があった。

まず、プレイのあとで、私たちの今までにないほど旺盛になった性生活は、間違いなく、絵里を性的にやはり今までにないほど日常的に活性化した状態へと置いていた。
しかし、その大もとにあったのは、特別の一晩の行為である。
月に一度限りのその行為があるからこそ、それに続く私たちの快楽の日々がある。
その意味でその一晩は特別な意味を持つ。
その特別の意味を薄めようとして、私たちが快楽の夜を旺盛に過せば過すほど、逆にその一晩の意味づけは絵里にとっても際立っていくことになったろう。

さらに大きな落とし穴は、私たちの行為によって、その一晩の快楽が絵里の体と心にしっかりと植えつけられていったということである。

膣内の快楽のスポットをを探索された話を聞くと私も、絵里を後ろから抱きその細部をまた繰返し聞きながら、こんなふうに責められたのか? こんなふうに感じたのか? とねちっこく責め、絵里の歓喜の声をいつまでもいつまでも上げさせようとした。
乳首を虐められることが、痛みだけでなく快楽に繋っていることを告白させながら、後ろから挿入したまま、乳首を執拗になぶり、それが引き出すヴァギナの収縮を楽しんだ。
尻を鞭打たれる話を聞き、騎乗位で上にいる絵里の尻を叩きながら突き上げ、絵里もそのことで興奮し、今までにないような乱れぐあいで腰を動かしながら絶頂を迎えた。

あるいは、単なる言葉だけでの刺激も有効に「機能」したろう。
絵里が、最初苦痛や試練の見地で語っていた鞭打ちの行為の中に、快楽を見出していることを、徐々に告白させた。
そして、それがもたらす興奮を二人の快楽の種にした。
鞭で打たれる快楽について、それが確実なっていくことについて語ったのはむしろ私といえる。
絵里が一回のプレイでその一端をつかまえた痛みと快感の架け橋の感覚を、SMプレイ一般についての妄想を絵里を相手に弄ぶ言葉によって、定着させ、次の段階に条件づけていったのは、はからずも私であった。

私にとって手の届かないものを必死に自分のものにするために呼び寄せる行為であったものは、実は、絵里にとっては、あちら側で一度体験したことを、こちら側で、何度も何度も反復して疑似的に体験させ、条件づけのように強化させる行為であった。
しかもそれを、お互いのパートナーへの愛ある交歓がもたらす歓びの中に、私たちがこれまで培ってきた最大限の快楽を引き出すやりかたの中に埋め込みながら。

プレイという言葉を最初使っていた私たちには、調教という観念は徐々に入ってきたものだが、調教という考えを私が持つにしても、絵里がそういう行為をされて喜ぶM女になっていくことが調教だというそんな浅薄な考えしかなかった。
そんな考えが、自分たちのしていることに、戯れ以上のものを見ない私の奢りを生んだ。

それにしても調教という言葉、英語でトレイニングと呼ばれているものを、学習という言葉に置き換えると、私たちは自ら進んで喜びながら、その復習と予習を毎晩勤勉にこなしていたことになる。
小野寺がもしそれ意図的に仕組んでいたのだとすれば、私たちはそのプログラムの課題を熱心にこなしている存在だった。

SMの世界への妄想の戯れを、無邪気に新しいおもちゃを得たよう弄んでいた私は、そのことを半年の間理解していなかった。

そして、その点に関して、今となって認識するのも辛いが、認めなければならない、それ以上のもう一つの要素があった。

私が、妄想を抱けば抱くほど、絵里に対する扱いが、その体を扱うという態度になっていったとことのもたらす結果である。

新しい好奇心によって絵里を抱く私の行為は、最初の焦燥感からくる愛情のほとばしりによるセックスから、しだいに妄想やSMビデオのイメージによって学習した、冷たい目で女を観察しながら快楽を与える男のものになっていった。
そうやって引き伸ばされた行為で、絵里が快楽の声を上げれば上げれば上げるほど、絵里に対し今までにないエネルギーを注ぎ込んでいるという気分、絵里が今までになく歓んでいるという気持が生まれ、どんどんと、絵里という女の体を操作するほうに関心がのめりこんでいった。

絵里をそうやって自分の支配下に置く男のことが次第に強く意識されていったこともある。
もちろん対抗意識が働らいていた。
絵里は、何度かの私の申し入れにも拘わらず、私が小道具を使い男と同じようなことをすることを、半年の期間が終るまでという条件で — 賢明にも– 頑として拒否した。
だから私はその男の目になりながら、言葉と妄想の助けを借りて同じようなことを行ない、そして、男が一晩しかできなかった行為を毎晩できることに代償ともいえる満足感を得ていた。

しかし、扱い慣れた実際の道具と、経験とメソッドで武装し、絵里の限界を見据えながら、ぎりぎりまで、苦痛と快楽がないまぜになった領域を注意深く探索し広げていくエキスパートから比べたら、私の、言葉となぞらえによる中途半端な行為は、滑稽な影のものにすぎなかった。

私の擬似的な責めを受けながら、絵里の中には、「こんなものじゃない…」という考えが芽生え、大きくなっていっただろう。
そして、回を重ねるごとに、そのギャップが広がっていったことが今になってはっきり気づかされる。

そのギャップを埋められるものが、愛情のこもった計算づくでない情熱の迸り以外にないことに、私は気づかなかった。

私が、絵里を責めれば責めるほど、絵里の心にはある種の不在感が生じるようになっていったろう。
そして、その不在感は、絵里の心にぽっかりと空いた穴となり、だんだんと広がり、私の知らないまま私たちの夜を次第に侵蝕していく。
いや、夜を越え、昼をも。
私が、私の手の届かないところで絵里の体験したことを、言葉となぞらえによって、こちら側に呼び寄せようともがけばもがくほど、絵里は、自分の体験したことが、逆に遠く手の届かないところにあることを痛みとともに思い、それへ向って心の中でもがくように手を伸ばしていたことが、今の私には分かる。

私はその男を、私の代りに、絵里を労せずM女に変えてくれる調教の便利な代理人と考えることで、いっときの自己満足にひたった。
しかし代理の役割を果していたのは、結局誰だったのか。

絵里はその6回のプレーに伴なう語りの期間、最後まで、心の中を侵蝕していったであろうその気持を一言も私に言わなかった。
言えなかった。
言えはしないだろう。
私のことを愛していればなおさら。
ただ、小さな信号を発するだけだった。
私はそれを正しく受信することができなかった。

こうして、半年の間のプレイ以外で、小野寺の積極的な介入をほとんど受けないまま、むしろ私たちは、自ら進んで、一度動き出したメカニズムの中に、じりじりと引き込まれていった。

おそらく、絵里の内面においては、その最初の小さな予感があったのはすでに2回目の後の語りの中のいつかの時点ではなかったかと今にして思う。
が、私がそれに気づくはずもない。
絵里にしても、私が曖昧な輪郭の部分についてそうであったように、二人の間の多幸感が、その予感を意識の上からは抑え込んでいただろうと、私はその日々を思い出すたびに思う。

2回目が終わったあとの次の週あたりが、プレイが始まって以来、最も私たちに暗い影がないように振舞えた時期だった。
そして、月の折り返しの3月のホワイトデーあたりまでには、先に書いたように、このままあと4回、順調に終わっていくような時期尚早の錯覚さえいだいていた。

そうした矢先に、その確立しかけたリズムを撹乱するような事が起きた。