67. 例の件

投稿者: ゆきお

「じゃあ気をつけて。
例の件よろしく!」

「これから、搭乗チェックイン。
例の件、了解。
ただし結果の保証は無し。」

少なくとも表面上は、3回目のプレイに出発するときの絵里と私の間のメールのやりとりには、何かあうんの呼吸のようなものさえできていた。
だが、その寡黙なやり取りの裏には、新しい種類の緊張が含まれていた。

緊張を抱えての考えごとへ傾きがちな気分を切り替えたかった。
簡単に食べられる昼、夜の食事の材料を買おうと外に出た。
もともと、仕事に一日集中できるというのが、絵里のスケジュール変更を自分に納得させる理由でもあったはずだ。
春分の日の連休の金曜日、ここ数日初夏のような陽気で、商店街が家族連れで明るく賑っていた。
その姿を惰性のように目で追いながら、頭の中はSMホテルの黒の空間に戯れる男女を想像し、その光景に手を伸ばそうとしていた。

絵里は、うまく話してくれるだろうか。
いやそもそも、ほんとうに話してくれるのだろうか。
正直言ってその保証すらない…。
やっぱりだめだったと私に言いさえすればいいだろうし。
いや、そんなところで絵里の誠実さを疑うべきではないだろう…。

うす暗い空間の中でぼやけかけている絵里の姿が、出ていく時の笑顔にとなって鮮明に戻ってきた。
いや、しかし今、私が見たいと思っている絵里は、悲しいことに、その絵里ではない。

2回目のプレイの後、絵里の夜の語りが具体的にななるにつれ、大きくなる曖昧な部分とのギャップは、しだいに私の中で耐えられないものになっていった。

その時の絵里の姿を見たい…。
頭の中でなく、この目で。

これまで禁じていた考えが、意識の上に浮びあがり、むくむくと大きくなり、狂おしい妄想にまでなった。

最初にその考えがはっきり意識されたのは、ボンデージスーツの話が2回目に出たときだった。

自分の体をなぞりながら説明する絵里を見ながら、その革紐がからみつく絵里の実際の姿を見たいと、痛いほどに思った。

「絵里がそのボンデージスーツ、着てるとこ見たいなあ。家で。」

「嫌よ、また家でなんか。」

「持って返っちゃいけないって言われているのか?」

「言われてないけど、訊いてもいないわ。」

「それ君のために仕立てたんだろ。」

「…私だけのものとは言われてるけど。」

「じゃあ、君へのプレゼントなんじゃない。途中でも持って帰ってもいいか頼めば、OKかもよ。」

「そうね、できるとは思うけど、嫌よ。」

仕立ててもらったそれが、自分の所有物になっていることについて絵里ははっきり意識している、そう思った。
そう思うと同時に、今まで思いもかけなかった一つの想念が浮かんだ。
絵里のボンデージ姿は、たまたまプレイのために着せられている仮装のようなものではなく、今の絵里の属性の一つを表すものではないか…。

今までは、プレイの妄想に実際の絵里の姿を重ねていたのが、目の前の絵里にプレイの姿を重ねて見るほうへ逆転し、次第にその頻度が高くなってきた。
朝昼の日常の生活で見る絵里にさえ。

絵里の語りで私のとらえられない部分に隠れている絵里は、どのような絵里なのか。

どのような姿態、どのひょうな表情で拘束され、緊縛されているのだろうか。
鞭打たれどのように体をよじるのだろうか。
苦痛の中で、どのように歓びの混じる声を上げているのか。
男の指や、ディルドで責められるときの、私の絵里はどんな絵里なのか。
絵里が私の擬似的な行為に歓びの声を上げれば上げるほど、男の手によってそれ以上の声を上げているかもしれないイメージが、行為の最中にも心の中に広がるようになった。

それらを見ることは、絵里のプレイという行為を見ることではなく、私の前に姿を現わさないもう一人の絵里を見ることと思えるようになった。
絵里のもう一つの真実、絵里の全部を知りたかった。

自分を第三者、少くとも目撃者として参加させてくれとまで言うことは非現実的であるにせよ、映像で記録されてものだけでも見たい、見ることはできないのかという気持がだんだん強くなった。

知りたいという気持を、危険な領域とタブーの意識から解放して、意思にまで後押ししたのには、焦燥と裏腹にある、2回目のあとのリズムで作られて行った多幸感から来る一種の思い上がりもあった。
二人の強くなっていく絆があれば、そのときの絵里の絵姿を目にしたとしても、私の受ける傷は最小限で済むはずだし、曖昧な部分に怯えるよりはいい、そんなふうに思えてきた。

異国の城で妻を調教させる医者についての小説の中で、妻の調教中の姿をネットで送ってもらって見るという話があったというのも思い出した。
中継は無理としても、記録くらいなら今では、動画にでさえ、携帯という便利なものがあるではないか。

スケジュールが1週間前倒しになったために、目算の狂ったリズムの中でのはやる気持のようなものも作用した。

一目でも見ることができれば。
たとえ動きのない写真でもいい…。