70. 附則第4条

投稿者: ゆきお

6枚の写真はそれぞれは、それ自体としては、エロチックな興奮を強く喚起するものであったはずには違いない。
どの画像でも幅広の目隠しをされているので、女性の顔はよく分からない。
が、肌の綺麗なふっくらした頬、品良く整った顔だち、艶々としたストレートの黒髪は、全体的に育ちの良さそうな雰囲気を漂わせていた。
若やいだ脂肪ののった身体つきで、絵里より若く見える。
20代半ば、いや前半かもしれない。
ボンデージスーツを纏い、半吊になった姿勢で前面からとられた最初のものに続き、背面からのものがあり、そして床の上に四つん這いで高く尻を上げさせられているものがあった。

麻縄できつく緊縛されたものが3枚。
亀甲縛り風に縄をかけられ後ろ手に縛られれ正座しているもの。
基本的に同じ縛りだろうか今度は手を高く上げて半吊りりされているもの。
そして、乳房を絞り出すように胸に縄をかけられ、膝を折り畳むように腿、足首をそれぞれの側で縛られ、大きく開脚して椅子に乗せられているもの。
胸とい腹といい太腿といい、厳しく食い込んだ縄によって弾力のある肌が作る微妙な曲線が革による拘束よりもいっそうの淫靡さを醸し出していた。

AVのシーンや商用のものにはない、実際のプレー現場で私的に撮られた写真特有の生々しさが雰囲気が色濃く漂っている。

普段なら食い入るように一枚、一枚、見たであろう。
一つ、一つの情景が勃起感に直結し、いつもの昼間一人の私だったら即座にオナニーに耽ってしまったはずだ。

今はしかし、それどろころではなかった。
焦点の定まらない視線を向けディスレーに向け、手だけはマウスを規則的にクリックして6枚の写真のウィンドウを切り替えながら、頭の中では、次次と疑問が湧き上って渦巻いた。

何故?
この写真に何の意味があるのか?
この女は誰なのか?
ファイルを間違えたということのなのか?
絵里とこの女の関連は?
これから送られてくる絵里の写真のための何かの前奏なのか?

不毛な惰性的クリックをやめ、気分を整理しようと写真から目を離し、フォルダーを見ると、圧縮ファイルを展開してできたフォルダーに画像ファイル以外に、readme.txt のファイルがあるのに気づいた。
クリックしてみると、テキストエディタのそっけない背景に文章が出てきた。

プレイ契約書、附則第4条により、プレイ中の写真・動画撮影は禁止されています。
添付の写真は、参考として、一部公開を承諾しているある女性を被写体とした類似のプレイの様子を示すものです。
一部公開といっても特定人物への公開を許されているだけですから、取り扱いに十分にご注意願います。

先ほどまでの期待と興奮、その後の困惑は、はっきりした失望にとって代った。
木で鼻をくくったようなreadme.txtの内容が裏切らたという気持をさらに強めた。

絵里は保証はしないと言ったけど、やはり説得に失敗したのか?
あれほど期待をかけ、一度見たと思ったもの。
それが事務的な文章ともに、まがいものに変えられた。
そんな苦い思いが胸の中に広がった。
絵里はなぜこれを私にわざわざ送ったのか。

時計を見ると7時半を過ぎていた。
時間を知ったとたん、根拠も何もない–「今なら間に合うかもしれない…」、という考えが浮かんだ。
そして、自分でも驚くほど思い切った行動に出た。
目の前の携帯を取り上げ、気づいたら絵里の携帯をコールしていた。

10回近く呼び出し音がしてから留守電に代った。
メッセージも何も残さないで切った。
失望とも安堵ともつかない気分が広がった。
携帯はオンになってているということだ。

自分の携帯を持って居間へ行き、アルコール以外の冷たい飲み物で気分を冷そうと、オレンジジュースに氷を入れて飲み、からからの口をうるおし、テーブルの上の女性雑誌をめくって、待つことの緊張から逃れようとした。

電話がかかってきた。
絵里だ。

「もしもし。」
声が焦っていた。

「絵里 ? 今どこ?」

「どこって…それより、急に何?」

「何って、画像だよ。さっき来た。」

「ああ、…なぁんだ、そのこと。」
声から緊張が抜けるのが分かった。

「なぁんだって、どうしたんだよ、いったい。」

「びっくりさせないで。急に電話かかけてきたから、家で何か緊急事態でもあったのかと思って。」

「そうじゃないよ。でも」

「でも?」

「大事なことだよ。」

「何が?」

どうもうまく、話が噛み合わない。

「絵里じゃない。」

「そうよ。」
落ち着いた口調がこちらの焦りを逆撫でする。

「知ってたの?」

「知ってるも何も、写真撮られてないんだから、存在しないでしょそんな写真。」

「6枚あって、3枚は…。」

「今、そんな説明いいから。それより、説明書き読んだでしょう。」

「読んだよ。それ君が書いたの?」

「まさか、小野寺さんよ。私は見てもいないわ。小野寺さんからzipのまま貰って、そのまま送って下さいって言われたから送ったのよ。」

「読んでないけど分かるの? 」

「そう説明されたから。」

「写真は?」

「見てないわ。だからzipのまま貰ったって…」

「どんな写真か分かるの。」

「たぶん。小野寺さんからずっと前に見せられたのと同じだと思う。」

「どうして、そんなもの送ったの、じゃあ?」

「説明に書いてあるとおりよ。」

「書いてあるって…君はなんて言われたの?」

「参考資料」

「まあ、そうだけど。」

「小野寺はいるの? そこに。」

「いないわ。」

「今どこ?」

「ホテルよ。」

「彼が?」

「違う。私よ。」

「どっちの。」

「××のほうよ、ネットつなげて送っているんだから。」
例のビジネスホテルの名を絵里はあげた。

「どうにかならないのか。」

「何が?」

「何がって。こんな参考の写真なんかじゃなくて。」

「…無理。私、ちゃんと話したわ。その答がこれ。それでも、何も送らないのは悪いだろうって、これを貰ったのよ。」

「やっぱり無理かぁ。うまく話してくれると思ったけど。」

「だから、保証できないって言ったでしょう。」

「それはそうだけど…。」

諦めの気分のまま電話の会話を別のほうに転じようと思ったときに、送られてきた画像の姿態が頭に次々浮かび、それが絵里の声に重ね合わされ、どうしても見たいという気持が私の思考を支配した。
今この機会を逃すとこのあとの3回ぶんも、それを切り出す機会なく、そのまま進むだろう。
頼むなら今しかない。
どうしても見たい…。

「ねえ、もう一度頼んでみてくれない?」

「どうやって。」

「…、ぼくら二人のためって」

最初にこの件の話が出たときの「私たち二人のため」という、言葉だけが一人歩きする、内実、何も意味もないフレーズが思わず出た。

「二人のため … 分かった。でもあまり期待しないでね。」

こちらが拍子抜けするほど絵里はあっさりOKした。

「うまくやってくださいよ。それで…」

「うん、もう一回相談してみてこちらから連絡する。ね。必ずメールするから、もう電話はしないでね。じゃ。」
絵里の口調が急にせわしないものになった。

「あ…」

電話が切れた。