71. 「相談」

投稿者: ゆきお

「もう一回相談してみてこちらから連絡する…」

「相談」という言い方と、電話を早く終らせようかとするような絵里の口調に不安な胸騒ぎがした。

そこから考えると、あれほど難しいと言っていたのに、絵里があっさりと「分った。でもあまり期待しないでね。」と言ったのも、これ以上の電話での議論を避けるためだったのか。
その「分った」が、気の入っていない調子を帯びていたのは確かだった。

もともと、「うまく行くか保証はしない」という絵里の言葉もあり、今日の夕方まで、半信半疑ではあった。
単純なノーの返事とすればすぐにあきらめるべきだったところだが、送られてきたメールに添付ファイルありの表示を見たところから、気があせり、短かい時間の間に大きな感情の起伏を経験して、まともな判断力がきかなくなっていた。

不意に期待が裏切られた気持、意図の不可解な写真への困惑から、絵里に電話してしまったこと。
うまく噛み合わない絵里との電話の中で、前夜の気分そのままに、絵里に電話でもう一度交渉を頼んだこと。

いずれもが不安と後悔の種となって自分に還ってくる。

電話したのは、私としても我を忘れた行動で、絵里もそれには驚いただろう。
私からの電話の着信履歴を無視せずにあれだけ慌てて対応した事実、焦ったような最初の口調、その後の安堵の溜め息から、よほど生活上の緊急事態が発生したと考えたということが、私にも分かる。

ファイルの中身が期待したものと違う事実を心外なものとして私が告げたときの、絵里の返事の口調から、彼女の中ではファイルを受け取り送ったところで、この件は一件落着という気持だったいうことが、今はっきり分かる。

その終った話を蒸し返したのは私だった。

「もう一回相談…」
絵里は私の再度の頼みを小野寺に伝えるだろうか。
どうだろうか。
多分、伝えるだろう。
だとすると二人はまた話し合うことになるのだろうか。
「もう一回相談」とはそういうことだ。

羽田からメールをもらったとき、絵里が果して本当に小野寺に話してくれるだろうか?自分の中で話を握りつぶして、駄目だったと私に言う可能性だってある、と疑いを持ったことを思い出した。

しかし絵里は私に誠実だった。
メールの添付ありを見たとき、私を裏切らなかったことを知ってほっとした。
絵里に僅かでも疑いを持った自分を恥じた。
写真の中身が違っていたことには失望したが、それは小野寺の意向であり、絵里が私に約束したとおり、彼に私の意向を話したという事実は変わらない。
話しづらいいことだっただろう、と今さらながらに思う。

今度は、しかし、絵里の誠実さが私を苦しめる。
誠実であればあるほどに。

絵里が、私の希望を叶えようと努力すればするほど、絵里は小野寺との交渉スタンスに入っていくだろう。

厳しい交渉の当事者間に一種の人間的な繋りができていくという私の経験則を、絵里が小野寺と契約書の件でぎりぎりの交渉をしたと聞いたときに嫉妬心とともに思い浮かべた。
その気持がまた戻てっくる。

それに加え、交渉が誰かの意向を受けての代理人である場合の一種危険な心理というのを私は自分の経験から知っていた。