76. 集中

投稿者: ゆきお

私は二重に、そして二種のやりかたで刺されている心を抱えながら、その痛みをじっと甘受しようと思った。
発せられた言葉をなくすことはできない。
その言葉を引き出したのは私の側からのアクションでもある。
過ぎたことに抗ってもしょうがない。
痛みがじっと通りすぎるのを待つのみだ。

このまま痛みをじょうずにあやしながら、絵里からの最初のメールで中断した、やりかけの仕事に戻ろうと思った。

絵里から二回目のメールがあったのは、ちょうど空腹を覚え、買ってきておいた出来合いのグラタンで夕食を済まそうとしているときだったのを思い出した。
前より食欲は減っているが、食べられそうな気がした。
グラタンを電子レンジで温めた食べた。
不思議に食べられた。

柔らかく口の中に広がるクリームの温かさが身にしみた。
その時、二人はどこでどうやって食事しているのかと思った。
途端に、先程から自分に禁じていた思いがどっと襲ってきた。

絵里が向こうの空港についてから今までの行動の全てについての想像である。

絵里の2回の語りからすると二人は普通に食事してからSMホテルでのプレイに向かう。
前回は開始の時間が早まって8時だったと言った。
絵里からもらったホテル名で、今回の宿泊ホテルがSMホテルの近くだったと知ったとき、プレイ時間をさらに長くとるのに移動時間を節約するためと考えて、プレイ時間が早まるという予測はあった。
しかし、今日の絵里とのやりとりで、今回は、その行動パターンでは説明できない何かが起きているような予感がした。

今日、絵里から最初のzipファイルとパスコードの2通のメールがあったのが7時ごろ。
こちらが電話したのが7時半ごろ。
絵里から折り返し電話があったのは10分後くらいか。
そして私が叱責ととらえた二回目の説明のメールがあったのが8時半ごろ。
二人はそれから食事に出かけ、私がここでグラタンを温めて食べている間、どこかで食事をしていると考えてよいのだろうか?
そしてその後SMホテルへ行くのだろうか。
この件が前回は8時にすでに始まったというプレイ時間を遅らせることになったのか?
はたしてそうか。

私の申し出の件への対応は二人の間でどのように進行していったのか。
絵里は小野寺にいつどこの段階で撮影の希望を話したのか。
どういう言葉で語ったのか。
小野寺はいつどこでどんなふうにデータファイル用意し、絵里に渡し、送信するように言ったのか。
メールで別の場所から送ったのか、USBで手渡したのか。
私が電話したとき絵里はビジネスホテルだと言った。
その前のメールの送信もそこからだろう。
メールを送るとき小野寺はそこにいたのか。
今までと違って、小野寺は絵里の宿泊するホテルの部屋にも足を踏みいれたのではないか?
そして、30分後に私が電話したとき小野寺が絵里のホテルの部屋にいたのかどうかということが大きな疑問となって私を苦しめた。
絵里は直接答えなかった。
そのホテルで何があったのか。
1時間後に次のメールが送られるとき二人はどうしていたのか。
そのメールが書かれるための絵里と小野寺の会話はいつ、どこで、どのように、どんな言葉で行われたのか。
憤激したという小野寺と絵里の間にどうのような空気が流れているのか。
そもそも、絵里と小野寺は、今どこで何をしているのか?

小野寺はなぜ参考という画像ファイルを送ったのか。
それはいったい何か。
このような一連のメールと電話は結局私たちにとって何を意味するのか。
いろいろな何故?への気持を圧倒して、私の心は、絵里と小野寺がどのように行動し、今何をしているのかという、具体的事実に対する憶測で占められた。

そして、それらを確かめるために絵里に電話したり、メールすることはもはやできない。

すでに2つの方向から刺され、その痛みをじっと我慢するはずだった心を、その憶測が激しく掻き毟った。
痛みが三重のものになった。

それは今、絵里と小野寺が三回目のSMプレイをしているかもしれない、遅くともしばらくしたらそれが始まるだろう、そして今夜はどのようなプレイが行なわれるだろうか?ということへの憶測をも吹き飛ばすほどのものだった。
早晩プレイはプレイとして行なわれるだろう。
今回は前2回にさらに新しい要素が加わるか、よりハードなものになることはもともと予想がついている。
それは規定のものだ。
私の関心はもうそこにはなく、それまでの二人の行動についての想像から離れることはなかった。

前2回で確立したリズムにのっていけば今夜はむしろ今までより安定した気持で過せる筈だった。
それがスケジュールの変更と私の申し出によって大幅に狂わされ、予想外の痛みを伴なうものになった。
最初の晩の振り出しに戻された。
しかももっと複雑な形で。
しかしその3つの痛みにさえも耐えなければと思った。
私は何事かを学習していっていた。

酒に溺れることはやめようと思った。
仕事に集中しよう。
そもそもスケジュールの変更に賛成したのは、私も仕事に集中できるということからではなかったのか。
すべてを振り切るように仕事に取りかかった
前回中断した箇所にそのまま入れた。
今日予定していたノルマの分が終了したのがうらめしく、明日にとっておいた部分にも手をつけた。
自分でも恐ろしいと思うくらいの集中力とスピードで仕事をしていった。

気づくと12時近くになっていて、やや緊張がとぎれぎみになり、休憩してまた夜通し続けるか、それとも寝ることを試みてみるか思案した。
どちらにしても、とりあえずワインの1杯くらは飲んでもいいだろう。
そのとき携帯にメールが着信した。

絵里からだった。