82. 絶頂

投稿者: ゆきお

動画の流れはいったんとぎれ、次のシーンに移った。

腰のところから前傾の姿勢をとっていると思われる女の上半身だけが写った。
カメラの視野は頭の上で切れているが、以前のシーンでのように腕を真っ直ぐ上に掲げているところをみると、同じように手首から吊されたままだろう。

長い髪で耳のあたりは少し隠れてはいるが、横顔がはっきり見えた。
驚いたことに目隠しはしていず、素顔が映されている。
目をじっと閉じているが、顔つきは、目隠しをしていたときよりも、若く見え、可憐であるとさえ言えた。

女の体が前後にやや不自然に動いたかと思ったら、女の口から「うっ」という押し殺したような声が漏れると同時に、目がきつく閉じられ、口元に強い緊張が走った。
しばらくすると、視界に映っている女の上半身が上下と前後方向を合わせた規則的な運動を開始した。
そのたびに固く閉じた目がいっそう強く閉じ、口元からきつく結ばれ声を押し殺している
声にならないエネルギーが、鼻のあたりから出口を探して絞り出されたよう「んっ…、んっ…、んっ…」という音と、荒い鼻息で、間欠的なパルスとなって放出される。
「んっ…、んっ…、んっ…」という、哀切のこもった声にならない声と、それに続く、フルフルと震えるような鼻息、そして胸からまだ吊り下げられている鈴の「からん、からん…」という音だけが聞こえてくる。
下半身の金具と鈴は外されているだろうか…先ほどと比べて単調な響き合いにそう思った。

立ちバック…

自分では使ったことはない、AVのタイトルや紹介文で覚えたその言葉が思い浮かんだ。

女が背後から挑んだ男のもので刺し貫かれ、拘束されたまま、いいように操られているのは間違いない。
女の上半身全体の揺れは、特に上に向かっての運動は、意思による自身の運動だけではなく、男に腰をつかまれてつき動かされてのもの、刺し貫かれたもので突き上げられてのもの以外に考えられなかった。

女の声にならない声と息づかい、体の動き、鈴の音は、単調すぎるといってもいいほど規則的に続いている。
延々と続いているように思えるが、動画ファイルの再生状況が示す時間では3分くらいしか過ぎていなかった。

背後から女に挑む男はときどきペースに緩急をつけているように思えた。
ペースがゆっくりになったり早くなったりする。
ただし、突如とした激しい動きはなく、むしろ女の反応をゆっくり引き出しているような様子が伺える。

それにしても、女は声を上げることを禁じられているのか。
それともそれがその女の癖なのか。
押し殺したような声と鼻息しか聞こえてこない。

AVの中の立ちバックと呼ばれるシーンで、女優が大げさな叫び声を上ているのに見慣れている私には、女の反応は何か特殊なもののように感じられた。

立ちバックという体位は、記憶に残る限り、私と絵里との間では数回しかない。
高層のホテルに泊ったときの戯れの行為などで、僅かの時間しか続かなかったので、そのときの絵里の反応を思い出すことはできない。
いずれにせよ、どんな体位にしても、また通常のバックの体位にしても、かなり明らさまに大きな声をあげる絵里のあげる声とは対照的と言ってもよかった。
強いて言えば、昔安アパートや絵里の実家で事に及んだとき、私が絵里に言い含めながら、口を抑えて行為を続行していたときの反応に似ていなこともない。
今は、口を抑えて声を殺させることがあっても、その後の大きな反応を期待しての遊びのようなものだ。

そんなことを思いながら、画面の中の女の反応を観察していると、女の声がますます押し殺したようなものになり、その分息が荒くなり、押し殺しても漏れる声が一種、かすれながらも糸を引いたような甲高いものになりながら、切迫していくのが分かった。

そして、女のその状態が、更に、もし自分がその女に実際に挑んでいる男の立場だったとしたら、法外に長いと思われる時間続いた。
「ん、ん…んんん…」という、声を押し殺しての高ぶりがこれ以上ないという調子になったきた。
腹の底から湧き上ってくるエネルギーと、それを押し止めようとするエネルギーの拮抗が極限に達している。
叫び声を上げれば楽になるのに、そう思ったとき、「ん、ん、ん…」という声にならない声とともに、女の目もとから胸までにかけてのあたりが収縮、緊張すると、そのまま上半身がぶるぶるとおこりのようにふるえた。

結局女は声を上げないまま絶頂に達した。
そういう思いで観察していると、おこりがひいていく途中で、ふっと女の体から力が抜ける気配が感じとれた。
男が退いたのだろう、そう感じた。

支えを失なった女の体は、重力の支えを腕にあずけて宙ぶらりんの感じになった。
倒れることをかろうじて防いでいるのは、両足から腰にかけてのけなげな力の残りか、それともやはりまだ男が何らかの形で支えていることによるのか。

おこりのような痙攣的な動きが、しゃくりあげるような、その前よりはまだしも安定的な動きに変ったのが胸のほうに見てとれる。
それに合わせて非情なまでに鈴が鳴る。

女は相変らず目を閉じているが、その表情は緩んでいた。
口をだらしなく開け、よだれをたらしているというようなハードな責めが売り物のAVにあるような痴呆的なものではない。
口元は、自然に閉じられていて、むしろ何か甘やかな表情さえそこに感じられた。

一時の極度の興奮が去った後のこの状態はむしろ辛いはずだ。
それは男の考えなのだろうか。
夢見心地の陶酔が訪ずれているとでも言うのか。

映像がとぎれた。
動画ファイルのおしまいだった。

女の最後の謎めいた表情を別にすれば、叫び声が聞こえないままの凄絶なオーガズムだった…。

私自身が疲労困憊した。
AVを見るときに、女性に感情移入して見ることは、そういう気分の時期もあつたが、そう頻繁にははない。
一部の男の習い性にあるというそういう趣味は私にとっては固有のものではない。
しかし、この動画に関していえば、男が映っていないこと、絵里のことを考えながら見ていたことによって、いつのまに途中から十分に女に感情移入してしまっていることは否定できない。
それがむしろ自然なことと感じられた。
どの男が最後まで、この女の孤独な快楽の表情を前にして、その外部の力に留まることができるだろうか。

その考えとともに、絵里はすでにこのような体験をしたのだろうかという当然の疑問が浮かぶ。
今まさにその体験をしているのだろうか?
あるいは、体験していないとして、このY美の快楽の様の一部始終を記録した様子を見て、何を感じるのだろうか?

男である私にさえその内部に引き入れられるような錯覚を与えかねないこのY美が内部に抱える世界こそが危険なものに思えた。
絵里が警戒しなければならいのはむしろこのような女の存在なのかもしれない。
いや、絵里がもうこのような存在になりつつあるのか?

いや、それは「なる」ものなのか? 危険なのは、Y美のような女性が内部にかかえる世界ではなくて、女性が– すべてではないにしても女性の一部が–内部に抱えるY美の世界なのかもしれない、そんなふうに疑問の論理を進めることは、この時の私にはできなかった。

結局私は、この30分にはるかに満たない動画を2度、3度と繰り返して見た。
その間に静止画のスライドショーも見たが、それはもはや骨休めのようなものだった。

最後4度目に動画を見たときは、それをY美という一人の女の体験として、いつの間に絵里のことと切り離した上で、その壮絶さに圧倒されていた。
気がつくと、空が白んでいた。

絵里との夕方から夜にかけての幾重にも感情を捻るやりとり、向こう側に絵里を想像しながら見させられた画像、いつもの何倍もの集中力を注ぎこんだ仕事、極めつきの壮絶な動画…。
全てが飽和してきた。
休みたかった。
休めると思った。

絵里はどうしているのだろう?
苦痛と快楽の行為の中にいるのか、それとももう疲れ果てて眠っているのか、
ぼくがそれを知るすべはない。
ぼくが起きていたとしても今の君に何かが届くことはない。
絵里、ごめん。

バーボンを一杯飲んでそのまま、ソファに横たわった。
夢ともうつつとも分からぬ気分を抱えながら、そのあわいにひたっていると、いつの間に眠りに落ちていた。