83. 遅延

投稿者: ゆきお

目が覚めたら日が高くなっていた。
さすがに、極度の緊張が続いた後の眠りで、夢も見ずに熟睡したようだった。
昨日の一連のことは、どれもまだ生々しく思い出されるが、何日もの間にわたって行なわれたような気がした。
そして、それぞれについて確かめたいことがある。

とりあえず、最後に見たY美のサイトの画像や動画がまた気になる。

デスクに戻り、開きっぱなしになっていたブラウザにまだ表示さていたそのサイトのサムネイルをクリックすると、ログイン画面に戻された。
セッションが切れたようだ。
もう一度、入り直そうと昨夜絵里から送られてきたパスコードを入れたが、パスが違いますの表示で、はじかれた。
入力間違いかと再度試してみたがはやりだめで、何度も再確認しながら4度めにもはじかれて諦めた。

パスワードが変えられたようだ。

昨夜だけの閲覧ということか…。
画像を保存して置かなかったことを悔んだ。

気になる画像があると、普通は画像そのものをフォルダーにドラッグして保存している。
特にアダルトのサイトやブログは寿命が短かい。
昨日もそうしようと思ったが、スクリプトによるスライド表示でそれができなかった。
スクリーンキャプチュアという手だてはあるが、ドラッグによる保存に比べれば手間なので、あとでまとめてやればいいと思い、見るほうに専念していた。
動画については保存は難しいが、手立てがないことはなかったかもしれない。

厚い壁のように立ち塞がるそっけのないプライベート表示の表紙画面をうらめしく見た。

しかし、究極のところそれらを保存して何になる?
すでにそれらを私は息苦しい思いをしながら何度も閲覧し、ついには精神の飽和状態にさえ達して、目をそむけるように眠りについたではないか。

絵里は今ごろどうしているだろうか。
結局のところ最後に連絡があったのは11時過ぎで、その後ずっとサイトを見ていた私は、絵里がその間ずっとそのサイトの画像や動画と同じプレイを夜通ししているような錯覚に陥っていたが、ほんとうのところは何も分からない。
どちらにしても、そろそろ遅いモーニングでも食べ、チェックアウトのしたくでもしているころか。

昨日一日で、これまでにはなかった多くの要素があった。
一つ一つ考え始めたら、絵里が帰ってくるまで自分でも整理できないくらいのものになるはずだった。

それらすべてに共通して、一つはっきりしていることは、今回初めて小野寺という男が、間接的な形ではあれ、私に何かを発信しているということだ。
最初に送られてきたアーカイヴファイルは、絵里経由だが、私のために彼が用意したものだ。
readme のテキストは物の性質上、宛名も差出人もないが、私に直接向けて彼の書いたものだ。
昨日の間、絵里から私に発せられるメッセージのすべての背後にある彼の濃い存在感。
そしてわざわざ私に見せつけるように後から送ってきた大量の写真と動画へのリンク。 彼の発信は何を意味しているのか。

考えてみれば撮影の件は最初私の中で絵里への頼みごという気持で始まったが、それは小野寺への要求の形となり、その意味で小野寺にメッセージを発したのは実のところは私のほうが先だった。

そうあってみれば向こうから答が返ってくるのはあたり前だ。
そんなあたり前の事実に今さらはっきりと気がつかされた。
そして私は思ってもみなかったそのリアクションの形や、そのことの絵里への影響に惑わされ、不安を感じている…。

いろいろ考えることはあるが、その気持をひきずりながら、絵里の帰りをじりじりと待つよりは、仕事に向かおうとした。
仕事は昨晩の熱狂で、今日の分まである程度進めていはいるが、逆に生活リズムからいうと危険な乱れの兆候があった。
気を許して生活のリズムが崩れて遅れてしまうと元も子もない。
アイディアが大事な論文や創作とは違って、翻訳の場合ははとにかく、ペースをはかりながらこつこつと一定量をこなしていくことが大事だ。
昨夜変則的な形で中断した部分からとりかかって仕事に専念した。

3時間あまりやったあと、あと2時間もやれば今朝の時点でできていた貯金を繰り越したまま今日の一日のノルマの分量をこなし、明日一日絵里と休みで過してもだいじょうぶなように月曜に引き継げる、そんなめどがたった。

遅いお昼を簡単にパスタで済ませ、コーヒーを飲んで一休みすると、夕方帰ってくる絵里のことが気になった。
今ごろたぶん空港に向かっているころだろう。

外へ出て商店街を散歩して、気分転換がてらに、今夜の食材とワインを調達しに行こうと思ったところに、メールが携帯に着信した。
絵里からで、「帰りの便」という件名だ。

「ごめんなさい、帰りの乗る便が遅れます。

××××便、××発 18:×× 羽田着、20:××

ちょっと疲れてて、便に間に合う時間に仕度して空港へ向かうことができなかったので、
遅い便に振り替えるようお願いしました。
もう少し早い便にしたかったけれど、連休で混んでいて、どうしてもこれしか取れなかったのです。
どこか悪いという訳ではなくて、ちょっと体力がついていかなかっただけなので、心配しないで。
ごめんなさい。
詳しい事情は帰ったら説明します。」

PCからのメールだった。

ということはホテルの部屋から書いているということなのだろう。
本来ならもうとっくに空港へ向かっていなければならない時間のはずなのに。
9時近い到着というのは、いつもより4時間は遅い到着ということになる。

連休で明日も休みということで、帰った後もいつもは違った夜になるだろうと、夕食のこと、飲む酒のことに思いを馳せた矢先だったので、今夜に向かっての気分の出鼻くじかれた思いがした。

折り返し連絡しようと思ったが、最後の説明は当座の私の質問を封じるために書かれたものだと感じられた。
今はこれ以上は説明したくはない…、そんなところにこれからメールしたりしてもこれ以上意味のあるやりとりになるとも思えないし、電話してもても気まずい会話になるだけだろう。
ましてや小野寺が近くにいるとすれば。 夕食のことを訊くのにかこつけてのメールはできるだろうと思ったが、思いなおしてやめた。

仕事に専念できる時間が増えた…。