93. 古本

投稿者: ゆきお

中華料理屋を出て、散歩といっても、特にこれといった場所のあてがあるわけではない。

絵里はこの界隈は、2年ぶりだという。
なくなった店、新しくできた店についてコメントしたり、かつてそこに存在したものについて二人で記憶をたぐり寄せながら、ああでもないこうでもないと言いながら歩く。

そのうち、いつものコースとでもいうかのように、古本屋の並ぶ界隈へ足を伸ばした。
特に探している物もないので、二人で店頭の安売りのワゴンをチェックしたり、中に入って書棚を一通り眺めたりしながら古本屋をはしごして行った。
三軒目の店で、真ん中の壁のような大きな書棚を挟んで、向こう側とこっち側に分かれて書棚を見ているとき、絵里が「ねえ、ねえ!」と弾んだ声をあげてこちらへ廻ってきた。

古本屋の親父にジロリと睨まれた。

「見て、見て!」

いつもながら気難しそうな店主を背中にして、絵里は私に顔をよせて、手にしてきた本を見せながら小声で言った。

私がいちばん最初に単独の名前で翻訳した本だった。
恩師や先輩との共訳でなく、一人で名前が出るということでそれなりの気負いを持って取り組んだ仕事で、様々な思いが込められている。
私たち二人にとっても大きな意味を持っている本だった。

「私、買おうかな。」

値段のある表紙の裏のほうを見ながら絵里が言う。
絶版になっている学術書の古書とあって、定価より高く、それほど安い値ではない。

だいたい私の書棚の奥にまだ2冊ほどあるし、絵里の手元にも1冊あるはずだ。

「ぼくもこういうの見ると思わず買いたくなっちゃったりするけど、ほんとは、こういうの買っちゃいけないんだよ。だって、君が買うと、他の人が偶然手にとって読むかもしれないっていうチャンスがなくなゃっちゃうだろう。」

「じゃあ、私が買ったらいろんな人に回して読ませる。それで、最後、また古本屋に売っちゃうから。」

そう言うとさっさと、奥へ行き会計を済ませ、にこにこしながら簡単に包装されたその本を抱えて戻ってきた。

いくつか覚えのある喫茶店を通り過ぎて、少々肌寒くてもテラスのあるようなところでエスプレッソやマキアートが飲みたいということになるのは、さすがにこの10年間に私たちの生活スタイルの変化した部分だ。

テラスに落ちつき、マキアートを一口飲んだ絵里は、買ってきた本を包みから出し、ページを繰り出した。
表紙からざっとめくったあと、最後のほうのページを見て指でたどっている。

ああ、そのページだな…、と思う。
とっくに分かっていることに念を押させるように、絵里がそのページに指を置いたまま、開いた本を私の目の前に持ってくる。

「あさだえりへ」

訳者の謝辞、献呈としてそう書いあるわけではない。
訳者あとがきのある部分に、私が半日余計に時間を費し、行頭の文字の連続がそう読めるように言葉遊び的に仕込んだものだった。
今のネットの言葉で言うと縦読みということになるが、もちろん縦書きの本だから横に読む。

「何て言うんだっけ、そのやりかた。」

「アクロスティック」

「そうそう、アクロスティックね」

ネットと違い通常の書籍の字組みで改行されるから、行頭の文字が必ずしも文頭ということにはならないので、完成させるにはかなりトリッキーな技がいる。
この仕事の時期、博士課程に進んだ私と、勤め出した絵里との間には、生活感のすれ違いから波乱があり、そこに隠された献呈のメッセージを込めたのは狂おいしいほどの私の情熱によるものだった。
それが、著者校了のあとに編集者が読点を直したため、ががたがたになってしまっているのを、完全校了の前に発見して狼狽した。
慌てて元に戻すことをお願いし、明らかに修正のほうに分があるのに、なぜそこまでこだわるのかと訝る編集者に恥をしのんで、その真の事情を説明した
私のことを買ってくれていた老練な編集者は、苦笑しながら、駆け出しの翻訳者の願いを聞き届け、字面を元に戻してくれた。

その本の刊行と、私たちの関係の修復は、直接の因果関係はないが、ほぼ同時期だった。
出版を喜んでくれた絵里にその本を渡したとき、隠されたメッセージの存在を教えると、絵里はそれを見ながら、ページが涙で濡れてふやけるかと思うくらい、ぼろぼろと泣いた。

誰にも話したことのないそんな二人の秘密がその本の後書きに埋まっている。
だから絵里が、古本屋で見つけたその本を、すでに一冊持っているにもかかわらず、その場で欲しがった気持は十分に分かる。
私としてももちろん嬉しい。

過去のそんな思い出に反応した絵里の行為を、私はとても無邪気で単純な感情の発露と感じた。
しかし続けて話しているうちに、そこには、私よりも真剣に物事を考えている彼女なりの深い思いが込められており、単純なのはむしろ私のほうだということに気づかされた。