97. 新たな日常

投稿者: ゆきお

週明けとともに、3月の実質的に最後の週がはじまった。
予定したように私も絵里もそれぞれ年度末の仕事があり慌しい週だった。

日曜日は結局、やはり昔よく行った焼き鳥屋へ行き、そのあと、例のロックのかかるバーへ行った。
絵里の2回目のプレイのとき夜を過したところで、私自身は実はあまり気が進まなかったが、絵里は、私が前に話をしたのを覚えていて、行きたがった。

絵里は、常連というわけではないが、私といっしょに年に何度かは行っていたのでマスターとは顔見知りである。
二人の話では、絵里は5、6年ぶりということがわかった。
絵里の女性としての変身ぶりに、マスターは賛辞を惜しまず、絵里も満更でもなさそうで、私も誇らしかった。

次の日が早いので、9時ごろにはそうそうに切り上げた。

帰宅して少し飲み直したあと、どちらからともなく、自然な流れでセックスした。
一瞬暴力的な感情に捉えられて前の晩と違って、おちついた気持のもも、ゆったりとベッドで過した。
まだあちらこちらにプレイの後の痛みが残っているかもしられない絵里の体をそれとなく労わりながら、交わった。

絵里のほうに昨夜の反応はなかった。
最後のほうは手放しで歓びの声をあげるいつもの絵里だった。

しかし私の頭の中では、昨夜のこと、Y美のことが何度もよぎった。
それを賢明に追い払いらおうとしながら絵里と体を重ねた。
絵里の頭の中は分からない。
それを詮索すると胸騒ぎが治まらないし、そしてきりがない。
できるならそれには思いを巡らせたくなかった。

しかし、その夜以来、絵里がプレイのことなど何もなかったようないつもの反応を見せれば見せるほどに、絵里と体を重ねていて、Y美と絵里のだぶったイメージ、そして、絵里の胸中への憶測、その二重の要素は打ち消せなくなった。
そして前者のイメージが強くなればなるほど、後者について疑念も強くなるというスパイラルとなり、数ヶ月続いて耐え切れなくなった時に、私は心理的に別種の解決を見出さなければならなくなるが、そのときはその過程のまだ始まりだった。

月曜からの日々は、奇妙なバランスに支配れた週だった。

絵里の言うとおり、決算期の作業で帰りは11時、12時となった。

話すことはたくさんあるはずだった。
しかし時間がなかった。

プレイのことを腫れものにさわるように扱って、触れないようにしていたかというとそうでもない。
ただ、話せば長くなるだろうということの糸口になるような会話を避けた。
話すべきことはそれだけでなく、私の新しい企画のこともあった。

日常はむしろ、絵里が最初に責任ある仕事について連日帰りが遅く、こちらも、大事な単行本の仕事の佳境にはいっていたころの感覚に近かった。

忙しいカップル。
ある意味の小さな幸せがあった。

そうした中で、例のことを意識すると、前2回とは違う、新しい段階に入ったという感覚がお互いにあった。
新たな段階が、新たな日常の中に埋めこまれようとしていた。
ただ、まだそれが何であるかについて具体的に正面から触れるにはあまりに時間がなかった。

考えてみれば事の始まりから、私たちは、新たな段階を新たな日常に埋めこみ、その新たな日常を真の日常にしながら、新しい段階を迎え入れるということを、何度も繰返す過程をて経ていったことになるが、この時期もその途上の一つの契機であったことおになる。

その忙しい日常の中で、週日にもセックスしたというのが、ここ何年かとは違う生活の要素だった。
2回のプレイのそれぞれの後に、千夜一夜の語りとともに連日セックスをしていた習慣が、生活が忙しくなっても多少なりとも続いていた。
それ自体は私たちにとって祝福すべき要素だった。

寝物語にプレイのことを刺激の材料にすることさえあった。
しかしそれらはストリーを持つもの、特に3回目のときの新しい要素に関るものでなくて、刺激的な個々の断片で、最初の2回の話の焼き直しのようなものだった。
別に話さなければならないことがあるという思いをどこかに持ちながら、逆に断片的なディテールだけが、その代用となった。

「私ちゃんと話すからね。」

絵里は、3回目のプレイでプレイ意外の要素含めてどういう流れがあったのかについて、話せば長くなると言ったあとそうと約束した。
そしてそれは忘れられてはいなかった。

だがそれは、もう少し時間に余裕ができてからのことになる。
3月末だけでなく、4月の新年度の始まりも当然にように忙しい日々が続いた。
お互い根気が要った。
特に絵里に大きな努力が必要だった。
それらのことは、いろいろな仕方で少しづつ、少しつづ語られ、全体が捉えられるようになったのは4月も半ばになってからであった。

その中で一番最初に話されたのは、絵里が経験した全体と多少なりとも切り離して語ることのできるY美のことについてであった。