99. 佳美

投稿者: ゆきお

「よし美さんってどういう人なんだろう。」

2ページめのシーンやその意味についての想像を振り切るように、質問をそちらに戻す。

絵里は、金曜日に小野寺に聞いたということを話し始めた。

よし美は、地元の大学を出て、地場企業に勤めるOLだった。
今から5年ほど前、大学を出たばかりのころ、小野寺と、写真のプレイにあるような関係になり、それが2年ほど続いたという。
そして、3年前に結婚した。
結婚と同時に海外勤務となった夫と一緒に日本を離れ、今はアメリカの東海岸のある都市に住んでいる。
そして小野寺との関係はもう続いていないという。

「でも、記録公開同意書っていうのがあったよね。見た?」

「見た。私もそれ質問したんだけど…。」

「よし美さんとは、彼女が年に1回ほど日本に帰るときに会ったりするくらいで、今はもうほんとの意味での御主人様と奴隷じゃないんだけど、よし美さんからの希望で言葉の上でその形だけは残してあるんだって。」

「へえ…。」

「あの秘密のホームページはよし美さんが結婚して日本を離れる半年くらい前にできたんだけど、よし美さんが自分で希望してキープしてもらってるんだって。小野寺さんと繋りを持ちたくて。」

「ネット調教とかしてるのかな。」

「してないんだって。」

「ほんとかな。」

「ほんとのことろは分からないけど、小野寺さんが言うには、ネットだけでのそういことって、いろいろ煩わしいことろもあるし、今のよし美さんにとっては、過去の記録だけでじゅうぶんなんだって。小野寺さんが選んでいる限り、誰かに見られるってのが嬉しいみたい。同意書の更新は本人が自分から忘れずに送ってくるんだって。それで、今度も二人新しく見る人がいるって連絡したら、よし美が喜ぶだろうって、小野寺さん言ってた。」

「ちょっと怖い話だね。」

「そうね。」

「絵里が心配だよ。」

「だから、絶対撮影しないってのは正解だったのよ。」

「そうだね。」

「怖い」「心配」の意味ははたして「撮影する、しない」という点にあったのか…。
あとから考えても、この会話の焦点は微妙にずれていた。
が、ずれている焦点を真の主題にあてなおして、敢えてその点について会話を続けることはできず、それを避けるように、別のほうへ話題を向けた。

「ところで、旦那は知っているのかな?」

「どうかしら、それは質問してない。」

私には、よし美の結婚と夫の海外赴任は、小野寺が、二人の関係を知った上で結婚を承知する男に彼女を片づけるという形の一種の解決をはかったものではないかと直感した。
もちろん、体験談や小説の読みすぎと言われるかもしれないようなあくまで憶測に過ぎない。
でなければ、よし美が小野寺との関係を隠し通したまま結婚したということか。
その上、現在でも過去の思い出のために奇妙な形の裏切りを続けている。
どちらにしても夫の立場に思いを遣ると心穏やかではなかった。

私だったらその点について真っ先に知りたがるだろう。
しかし、絵里はその夫の立場の部分に関心を示さなかったようで、今もさほど示していない。
そこに、男女のというか、少くとも二人のスタンスの差がはっきりと現わていた。

「よし美、ってどんな漢字なんだろう。」

「佳人の佳だって。」

佳美…
漢字を思い浮かべるとY美という女が身近な人間に感じられた。
絵里もそれを感じるために、小野寺にわざわざ訊いたのだろうか。

これまで、居間ではプレイに関わる話をしたことはなく、寝室に行ってからに限られていた。
今夜のこの会話は、「そのこと」がだんだんと組込まれていく私たちの新たな日常を象徴するものでもあった。

「ところでさ、絵里は御主人様って呼んでるの。」
この種の話題も初めてだ。

「ううん、呼んでない。」

「じゃあ何と呼んでるの。」

「普通に、小野寺さん。」

「向こうは?」

「最初は浅田さん。今は、絵里さん。」

「ふ〜ん、普通なんだね。」

「特に変った言葉遣いはしてないわ。」

「絵里は、奴隷なのかい?」

「違うの。」

「違うって?」

「最初、御主人様って呼ぶんですか?って冗談で聞いたら、その必要はないし、そうしていはいけないって言われた。」

「…」

「私とは、御主人様と奴隷っていう関係じゃないって。6回のSMプレイ契約しているだけで、佳美さんとは違うって…。」

「なるほどね。分かるような分からないような…。小野寺には、今誰か奴隷がいるの?」

「佳美さんが最後で、もうそういう人は作らないんだって言ってた…。」

「じゃあ絵里みたいな相手とときどきプレイするって感じなのか。」

「そうみたいね。それにプレイするのも1時期に一人が相手だから、この6か月は私だけが相手だって…。」

「へえ、律儀なんだね。」

「言うことを信じればね。一種の社交辞令よ、多分。」

絵里の顔には、日曜日にバーのマスターに「ますます美人になった」と絶賛されたのを私にからかわれたとき、「社交辞令よ」と言ってかわしたときの裏に見せた満更でもない表情と同じものが見えた気がした。

絵里が佳美という女性の存在を気にしているような口調が会話の間なんとなく感じられた。
絵里の話には、小野寺に対し自分から彼女のことや、小野寺自身の身辺についてて聞き出した形跡が見られた。
そられのことに漠然とながらも危険な匂いを感じた。

その夜のベッドに入り戯れをはじめたとき、絵里はすでに夥しく濡れていた。
絵里は、手放しの歓びの声をいつもより大きく上げ、その点では少くとも質的にはいつもと変らぬ反応だった。
しかしときおり、自分から運動に積極的に応えるのではなく、体の奥を開いて突かれるのを受け止めに行くという、土曜日の晩に絵里に関して私が初めて見出した一種の積極的な受動性と私が呼ぶ反応を私の体が感じたのは錯覚ではなかったと思う。