106. 大胆

投稿者: ゆきお

ブティックを離れて二人で歩き出した。

ブティックの紙袋を持った小野寺に誘導されて向かった方向には靴売り場がある。
いぶかる絵里に向かって、「ワンピース、今のスーツに合わせたその靴では色と形が合わないでしょう」と、言った。
よくあの短時間に見ていたと思う。
確かにそうだった。
やや丸みを帯びたベージュのパンプスは、色はともかく、型やビジネス兼用の穏健なヒールは、先程試着したスタイリッシュなワンピースには野暮ったい感じがする。

「小野寺さんのほうがよく気がつくみたいだから、じゃあ選んでいただこうかしら。」
と、皮肉を込めたつもりの言葉に、
「嬉しいですね。女性のいい靴は好きなんです」
涼しい顔の平然とした答が返ってきた。

毒を喰らわば皿までという気持になって、小野寺に勧められるまま、いつも履いているより高い9センチのシャープなスタイルの黒のハイヒールを、穿いてみてサイズだけ確認して買わせた。

そしてエレベーターに乗って駐車場に向かった。

買い物袋を持つ小野寺に伴なわれて人目に触れながらデパートの中を歩いているのは時間にして1分もなかっただろう。
しかし、その自分の姿をデパートの柱の鏡に認めたとき、自分がこの町に何をしに来ているのか、目的を外れているような不安な気持ちになった。
そのもともとの目的がSMプレイであったことを考えると、男女での買い物などはまだ普通の市民生活の中の行為といえる。
しかし、密室のプレイをしていることに比べても、地方都市とはいえ大都市の部類に入る土地の公の施設の中を白昼堂々と、夫婦か恋人同士でないとしえないようなショッピング帰りの姿で歩いていることがもたらす胸をざわつきは苦しいばかりだった。
街中をいっしょに歩いたこともあるし、いっしょに食事に行ったこともある、しかし、今していることはそれらとはまた別だと感じられた。

両者の関係の暴露につながる、契約書の禁止事項に繋りはしないのか。
それとも、契約書に書かれてはいない灰色ゾーンで、暗黙のプレイに引き込まれているのか…。

いくら休日とはいえ、小野寺はもし誰かに見られたとしても平気なのか。
彼のその大胆さにも驚いた。

そういえば彼の私生活はどうなっているのか。
仕事関係以外にも、小野寺が自分とのこうした姿をこの土地で知られて困る相手はいないのか。
ある程度のことは最初に聞いたが、気になった。
しかし、そのことについて気にし、尋ねること自体が、危険なもの、ある意味での敗北を意味するもののような気がして、これまで聞けなかった。
それを聞くべき時が来ているのか…。

そんなことを考えているうちにエレベーターが下り、涼しい顔で歩いている小野寺と、駐車場の車ほうへと向かった。
絵里の期待に反して、小野寺は車のトランクを開けて紙袋を入れただけで、駐車場の出口のほうへ絵里を促した。

「すみません、もう一箇所つきあってください。すぐ近くですから。」

小野寺のペースによる先ほどからの展開に、目的地を聞いたり抗う気持は失せていた。
デパートを一旦出ると、街中を少し歩き、メインストリートからちょっとはいったところの服飾店に入った。
ビルは新しいが、店の雰囲気は昔ながらの個人経営の小さなブティックだった。

中で店主らしい50代くらいの上品な女性が小野寺を迎えた。
二人の交す会話から仲のよい知り合いであることが分かった。

「ちょっと失礼して…」
と女性はカウンターの裏へ消えていった。

店を見渡すと、普通の婦人服やアクセサリーも多いが、奥にランジェリーが多く、どちらかというとそちらに力を入れているようだった。
マッチングのブラとショーツを着せられた、白い無機質のトルソだけのいくつかのマネキンの前を、行ききしてゆっくり、観察している小野寺の姿を見ると、この店に来た目的が読めた。

最後の気力を振り絞って、セクシーなアイテムを選ばされたり、試着というような話になったらきっぱりと拒否しようと思った。