119. 欠如

投稿者: ゆきお

正常位で交わったあたりから絵里の描写はしだいに簡略なもになってきた。
質問で埋めて行ったが細かいところまではなかなか達せなかった。

特に対面座位で交わっている時、達したときの気持や感覚について、絵里は寡黙で、いろいろ聞き出そうとしたが、結局あるところから以上は詳しく述べることはしなかった。
しまいには、頭が混乱して何も分からなかったと言うだけだった。

結局話は周辺をめぐるものとなった。

私たちの間で正常位の続きで対面座位の体位をとらないことはない。
が、それはだいたい短時間で、通常そのあと自然に騎乗位に移行する。
なので、同じようにそうなったかと質問した。
そうはならなかった、とはっきりした返事が返ってきた。

その答によって、騎乗位で男の上で自ら腰を振っている絵里の姿を頭から消すことはできた。
その代り対面座位で男に必死でしがみつき激しいディープキスとともに快楽の声を押し殺している絵里の姿はしっかり頭に焼きついた。

絵里のほうでも鏡で見た自分のその姿が頭に焼きついたと言っている以上、表面上は二人の思い描くものは一致していたことになるが…。

「座位のまま二人ともいったということ?」
私わざわざ明確な表現で訊いてみた。

「向こうはいってないと思う。」

「へえ、粘るんだね。」

「その歳だと一回出しちゃうとなかなか回復しないからじゃない?」
そう、あけすけに答えた。

「本人がそう言ってたの?」

「はっきりそうは言ってはいないけど。」

私自身がすでにその傾向が次第に出てきていたので、絵里の言葉は実は私をも微妙に刺しはしたが、たぶん絵里としては、私に悪気はなく、私に対して小野寺の歳を否定的に強調するレトリックだったのだろう。

それにしても小野寺の自制力には驚くべきものがあ。
私も女性から、今ではこれは「絵里から」というのと同義だが、快楽を引き出すための自制と持続の力は人一倍持ち合わせているほうだと思う。
その私にしてもここで、そして後から聞く小野寺のその力は端倪すべきものであった。
それについて絵里から、小野寺という人物の過去に関係した理由を聞くのは、もう少しあと、二人の間により親密な会話が交されるようになってからであった。

実は、先程の二人の行為で、二人の間に通常の男女のセックスが成り立ったと全面的に言うには、一つだけ重要な欠如があった。
小野寺が射精という形で達していないことである。

それは私にとってとりあえず安堵を与えた。
一方またそれは、一種のなんとも晴れない気持を生んだ。

正常位、対面座位で絵里が2回達したとき、相手が射精しなかったことを、絵里は意識の上ではどうあれ、本能的には必ずしも快く思っていないだろうということを私は直感していた。

私たち二人の関係で私が達しないまま、絵里に何度もオーガズムを与え、そのまま行為が終ってしまうということはかつて何度もあった。
夜でなくて後ろの時間が切られているのに時間の読みを間違えているとか、酔っていて射精する気力がうせていたり、睡魔が襲ってきたりなど種々の理由からである。
絵里さえ達していればとりあえず私は満足なのだが、そういう時に、絵里は私にかなりはっきりその不満をぶつけた。
不満の表明のしかたにはいろいろある。
「面白く反応するおもちゃみたいに扱われただけのような気がする。」というのはその一つの言い方である。
そこにあるのは、愛や情熱の証しを相手の肉体から貰えなかったという感情であり、それよりさらに、自分の女性の価値にかかわる自尊心を傷つけるものではないかと私は理解するようになっていた。

そんなところから、絵里の気持を深読みなり先取りする形で、絵里のために私自身がなんとなく、「面白くない」という思いを抱いたのは確かだった。
そして、その私の「面白くなさ」は安堵の気持より強かった。
多くの男性にとって理解しにくい心理かもしれないが、そのころの私はそれほど絵里に同化していた。
その同化は小野寺の件で絵里と物語を共有にするようになってから特異な形で強められてもいた。
恐らく今も、このようなかなりリアルな形で絵里の話が再構成できるのは、その同化の力による。

体をはずしたあと絵里の隣に横たわった小野寺が
「こんなふうに向いあってのセックスもいいものですね。一体になった気持は格別だ。」
と囁いた。

簡単に持ち出された「一体」という言葉がぐさりと心を刺した。
反発する気持があった。
なんと答えていいか分らず、
「でも、小野寺さんは、いってないんじゃないですか」
という言葉が口をついて出た。

「女性と違い男は回数が限られてますから。それともさっきそうして欲しかったですか。」
笑顔で発せられた小野寺の言葉に返事のしようもなく、さらに不機嫌な気持になった。
無性に何かに腹が立った。
が、何に腹が立っているのか分からなかった、という。

むっとして小野寺のほうに背を向け横向きになった。

反発と表現された絵里の気持は複雑だと思った。

それを正確に探ることは私にはできなかった。

「絵里も一体になったという気持がしたの?」– まず、そう確かめればよかったのかもしれない。
しかし、ここまであれだけいろんなことあけすけに語り合ってきたのにその台詞を私は言えなかった。
いや、訊く必要もなかったと思ったのかもしれない。