120. 情事の後

投稿者: ゆきお

「少し休みますか。でないと夜中まで持ちません。」
小野寺の口調は機嫌をとりなすようなものになっていた。
ベッドサイドの時計を見ると、7時にもまだ間がある。

これからどういう予定なのだろうと思ったが、考えるのも面倒だった。
ぐったりして何をするのも大義だ。
空港に下りたった時から予想外のこと続きで、頭も混乱していた。
成行きにまかせるしかないと思った。

「私は体はまだやんちゃな気持が治まらないから、ちょっと冷してきます。」
そう言ってバスルームへ消えた。

そう言われて、自分のほうはシャワーも浴びずにここまで来てしまったことに気がついた。

小野寺が出たら自分もシャワーを浴びなければと思いながら、下半身のだるさにかまけてぼうっとしていた。

小野寺が戻ってきた、目をやると素裸であった。

コップのオレンジジュースを手渡され飲みほすと少し生き返った気がした。

小野寺が裸の体で後ろから抱き抱えるように添い寝してきた。
火照った体に小野寺の冷たい胸が気持ちよかった。
石鹸の匂いがする。
自分の体臭が気になった。

「絵里さんエロチックな匂いがする。…牝の匂いだ。」
自分が思う間もなくそれが察知されたのが分った。
「恥かしい…。」

「恥かしがることはないですよ。私の好きな匂いです。ほんとうなら今日はもうこのままシャワーを浴びずに、香水を軽くつけることにしてほしいくらいです。」

「そんな…。今すぐにでもシャワーを遣いに行きたいんですけど…。」

「立てないんでしょう。」

「…」
無言でうなずいた。

「まず少し休むといいでしょう。そうしたら食事に行きましょう。シャワーの話は冗談、いや今日のところは冗談だから。」

小野寺の手が後ろから胸をつつんだ。
手が置かれるだけで安堵感がある。
そして乳首や乳輪へのかすかな愛撫が、性的な興奮をあるレベル以上に励起しないくらいの感じで、ときおり、ゆったりと心地よく巡ってくる。

絵里はセックスのあとほうっておかれるのを好まない。

「ねえ、くっついてて。」

というのが口癖だ。
そうしてゆったりと愛撫されるのが好きだ。
そして、そこでよく話をする。

小野寺がそこで絵里に対してとっている行動は、まさに絵里のその「ツボ」の部分と言ってよい。
小野寺は、いつそうした絵里の嗜好を探知していたのか。

いや、考えてみれば、セックスの後触られるのを嫌うという少数派を除けば、世の多くの女性がそうだろう 。
だから、定石に従っていればそれがとりあえず最適解となる。
ただ、世の中の全ての男性がその定石が実行できるとは限らない、というより、実行するほうがむしろ少ないというだけなのだ。

事後のこうした行為は、本来のパートナーでない相手とセックスしてしまった後に襲うかもしれない一種の罪悪感や空虚感を防いでくれるだろう。
実際、小野寺の意図がそこにあったということは絵里にも十分すぎるほど分かっていただろう。
が、その意図を絵里が見抜いていたとしても、それが何になろうか。
絵里にとって必要なものがそこで与えられていた事実には何の変りもない。

このあたりから、露骨な性行為のシーンは少なくなっていくのに、絵里の語りはますます困難になってきた。

この契約の話を最初に絵里が私にしたときに出てきた、「ベッドで添い寝してセックスするよりも、縛られたり、責められたりするほうが罪悪感が少ない」という言葉を、縄が解かれ正常位で交わることになってからの報告で否が応でも何度何度も思い出した。
絵里も強く意識していただろう。
絵里の報告が困難になっていったのも多分そのためだった。
しかし、二人の間で、その過去の言葉が指摘され、議論の主題として持ち出されることはもはやなかった。

素裸で二人で横臥しているのが心地よい。
後ろから密着する小野寺に胸をゆったりといじられながら、とりとめもない会話がはじまった。

何の話かと訊くと、香水のブランド談義にはじまり、昼間の買い物で見たあれこれの服や靴の話だという。

「情事の後」という言葉が思い浮かんだ。