121. 寝物語で

投稿者: ゆきお

絵里と小野寺とのベッドでの会話はまるで恋人どうしの寝物語のようなものになったと私は思った。
その雰囲気の中で、次の話が出たことは、私にまた小さからぬ新しいショックを与えた。

「撮影の件ですが、絵里さん、今の時間に話を済ましておきましょう…。」
快楽への没頭のためにしばらく中断していた話題が持ち出された。

小野寺は落ち着いたおだやかな調子でゆっくり順を追って語って行った。
その間も素裸で背中に密着した男の手は、髪の毛や首筋、肩や乳房、そして時に乳首にゆったりと這い、静かな愛撫を続けていた。
ときどきむず痒いような刺激もあるが、しかし落ち着き癒されるような心地の一線を越えることはない。
そんなと感覚と落ち着いた男の声が、温かな靄のように、けだるい思考を包み、その言葉を素直に受け入れるしかない気分になっていた。
後から考えればああも言えば良かった、こうも言えば良かったと思うのだが、そのときは一つ一つ頷くしかなかったと絵里は言う。

「撮影の件ですけど、絵里さん、あなたが無理しているは分かります。誰だって、そんな姿を恋人に見られるのは嫌なはずです。」

「…」

「ただプレイの様子を知りたいという彼氏に言われて、撮影ということを私に言わなければけなくなったんでしょう。」

「…」
ただ頷くしかなかった。

「あなたがた二人のためと言ったけど、二人でそれを見たいというんじゃなくて、絵里さん、自分は嫌でも、彼氏の希望を叶えてあげないと二人の絆にヒビが入るかもしれないと思っているんでしょう。」

やはり、目を瞑りゆっくり頷くだけだった。

「絵里さん、あなたが私にこの話をするのには、たいへんな勇気が必要だったと私は思います。男の私には想像もつかない。それもこれも彼氏のためを思ってのことだ。私はあなたの彼氏がうらやましい。絵里さん、あなたは、とても–古風な言い方ですけど–けなげな人だ。そんなあなたのけなげさ私は大好きです。」

目を瞑ったまま、その言葉を改めて自省するように噛みしめているところに、乳房を包み込む愛撫の手が慰めのように感じられた。

ほんとうなら私が絵里に対し、感謝や愛情とともにかけるべき言葉を、先を越されただけでなく、私よりも十全に本人に向けて小野寺に発されたことに胸が刺された。

「でもね、絵里さん、あなたは悪い女だ。」
「え?」
「彼氏のことを裏切った。」
「そんな…。」
「撮影してあげようという、私のせっかかくの申し出を断わった。」
「だって…。」
「お願いしますと一言言えば済んだんですよ。彼氏の願いを叶えるのに。」

「…」
反論のしようもなく、だまって俯くしかなかった。

「冗談ですよ、絵里さん。あなたがあまりに思い詰めているようすだから。あなたにそれができなかったことを私が十分に理解しているのは最初に言ったとおりです。それが普通だ。でも、厳密に言葉を解釈すると、そういうことになりませんか、約束を自分から裏切ったと…。」

「…それはそうかもしれませんけど。」

「誰もそれであなたを責められない。だけどそんな心の問題とは関係なく事実は事実として残ります。さて、そこで問題が一つできています。彼氏に、説明しないといけませんよね。帰ってから。撮影はだめだったと。」

「…」

「何と説明しますか。」

「…」
そこまで具体的に考える余裕のなかった絵里に現実が突きつけられた。

「いちばん簡単なのは、頼んだけどだめだった、と言うことですよね。だけど、それは事実に反している。そしてそこであなたは彼氏に嘘をつくことになる。」

「それはそうですけど…。」

「あなたはさらりと嘘のつけるような女性じゃない。どういうようにあなたが私を説得しようとしてどんな風に断わられたか説明しようとすると、一貫した詳した説明はたぶんできない。ビジネスでないだけになおさらだ。」

「…」

「それとも先ほどのことを正直に報告しますか。撮ろうと何度もプレイの最中に言われたけど、自分で断わったと。正確に先程起ったことを伝えるのは容易なことではない…。鏡の前で何度も…などと…」

その言葉に先程の自分の痴態が頭をよぎると、「容易なことではない」という小野寺の言葉は、「不可能」と同義だった。

結局、時間を経てからだが、絵里は私にこうして全部を打ち明けてくれことになるわけで、この点に関しては小野寺の予想を裏切ったことになる。
それはやはり喜ぶべきこととなのだろう。

しかしその時点、あるいはその直後は小野寺の指摘したとおりにしか考えられなかった、と絵里は言う。

「彼氏からの依頼を請け負っての自分のアクションに関するアカウンタビリティという点では、あなたはかなり難しい立場にある。あなたが仕事中によく使うような言葉で言えば。さあどうしましょうかね。」

そう言うと小野寺は急に体を離しベッドから出た。