122. 「一件落着」

投稿者: ゆきお

しばらくして戻ってきた小野寺は、「あなたに見せたいものがある」と言って自分のPCを開いてベッド脇の絵里側のサイドテーブルに置いた。
先ほどと同じポジションで横になり、今度は肘枕で絵里の肩越しにPCを見ながら、伸ばした手を操作しはじめた。

サムネイルのある黒っぽい画面が開かれていた。
小野寺が一つのサムネイルの集まりをクリックすると、見覚えのあるような写真が出てきた。
そして絵里に自分でパッドをクリックしながらスライドショーの写真を見るように促した。

その後私も見ることになる例の佳美のWebページである。

以前にプレイの見本として見せられたことがあるのと同様な写真が夥しい数あった。

ボンデージベルトで拘束され、縄で緊縛されたものものどれも生々しい。
見ていくごとに、いかに自分がその写真の女性と同じことをさせられているかということが分った。

サムネイルのグループが進むと、前に見せられた写真にはない類いのものもあった。
椅子に開脚で固定した股間にディルドが刺さっているもの。
それを抜いた後、女性器の様子もあらわに快楽の後をとどめるもの。
他人のものとはいえ、それも自分の体に覚えがある。

見ているうちに高ぶってくる。
男に接触した体が刺激を求めてくるのを、今度は逆に愛撫の気配もない。
絵里の期待をはぐらかすように、小野寺は絵里がスライドをめくるのを途中で打ち切らせて言った。

「またあとでゆっくり見ましょう。あなたも質問もあるでしょうけど、その話もあとにしましょう。とりあえず、そこに差してあるメモリスティックに、私がこの中から何枚か選んで納めたファイルがあります。あなたが以前に見たのと大同小異のものです。」

「…」

「そのファイルを、あなたの彼氏に送ることを提案します。最初少しびっくりするかもしれないけど、あなたでないことはすぐ分かるでしょう。別にだますつもりはありません。あなたを撮影するものの、いわば代用です。」

「それで納得してくれるとは思えませんけど。」

「もちろん満足はしないでしょうね。何もないよりはいいという程度ですか。後は想像力で補ってもらいましょう…。いや実はポイントはそこにはないのです。満足するとしないとかということではなく…。」

「え?」

「そうではなくて、これが届けば少くとも、あなたが私に撮影の件をきちんと話したという事実の証明にはなります。撮影の件を話したけど私に断られた、そうあなたが話すだけでは、結局藪の中だ。ほんとに話したかどうかいくらでも疑うことができる、しかもあなたの言葉も真実でないだけよけい曖昧なものになる。それでは疑心暗鬼のもとでしょう。それが避けられるだけでも十分だと思いませんか?」

「これで余計な嘘の説明をする必要もなくなる。今夜のところはファイルを送るだけで何か書く必要すらない。これで誰も傷つかずに済む。それで、この件はもう終りにしましょう。そして、少し落ちつきましょう。」

小野寺の話は非の打ち所がなく論理的で、配慮に満ちているとさえ思えた。

「分かりました。お気づかいありがとうございます。」

「私たちの夜のためにも、それがいい。ではすぐメールしてください。」

「え? 今…?」

「そうです。あなたもPCを持って来てるっていいましたよね。仕事の連絡のために。」

「でも、こんな格好で…。」

「裸でメールしてるなんてだれも分かりませんよ。」

「それはそうですけど…。」
この部屋でこのまま自分のPCを開きメールする…罪の意識はどうしても拭えない。

「早くメールしてくれないと、このままこの問題を引きずったまま夜を迎えることになる。私はそれは好みません。もともとはあなたと彼氏の問題であって、ここに持ち込んではいけなかったのです。さあファイルを彼氏に添付で送ってください。これはプレイ上の指示と受け取ってもらえますか。」
お尻をぴしゃりと叩かれた。

軽く戯れに叩かれただけだが、いきなりのことに驚き、叱責の打擲のように感じられた。

「分かりました。すみません。」

今度は自分がベッドから出てクローゼットへ行きPCを取ってくると、ベッドの向こうにあるカウンタに置き、Wifiを確認して繋げた。

ふり向くと同じ姿勢でPCをいじっていたが小野寺が片手でメモリスティックを差し出していた。
それを受け取って自分のPCに指すとファイルが一つだけあった。
圧縮ファイルだ。

「一つしかないから分かるはずです。写真が6枚圧縮されて入っています。あと簡単な説明のreadme。ファイルの性格と、契約上撮影は禁止されているという事実だけが簡単に書いてあります。今説明した主旨から言って、私が書いたものということのほうがいいでしょう。事務的に書いてありますが、礼は失していないつもりです。」

「分かりました。」

「解凍して、とりあえず中身を確認しますか。」

「結構です。そのまま送ります」
事をできるだけ早く終らせたいという気持からそうしたが、後から思うとそれは、さすがに軽率だったと、絵里は言う。
写真は前に見たようなものと言われていたといはいえ、とりあえず具体的に確認すべきだったし、特にメッセージについては、私を傷つけるような文面がないかどうか、フェイントで何か書かれていないかどうかは見るべきだったと告白した。
しかし、そのときは小野寺の理路整然ぶりに圧倒されて盲目の信頼を寄せてしまった、果してそれでよかったのかと、次の日に思い返して小さな後悔が胸を訪れた。
結果的にその信頼は正しかったとしても。

出来るだけ事務的に事を進めた。
件名に「例の件」。
本文をどうしようかと一種迷ったが、やはり何も書かないことにした。
添付のファイルを選択し、送信した。
これで済んだ…。

ベッドのほうを向くと小野寺は自分の携帯を見ていた。
絵里がベッドに戻ると、先程までの元の位置に絵里を促した。
なんとなく小野寺を背後に元の姿勢におさまった。

「絵里さん、もう一仕事あります。」
小野寺がいたずらっぽくささやいた。

「zipファイルはパスを設定してあるので、それを送らないとあなたの彼氏は見ることができません。今コードを携帯のほうへ送りました。転送してあげてください。」

小野寺がそれを言い終える前に、マナーモードにしてあった自分の携帯が震える音が聞こえた。
携帯はチェックインした直後ベッドサイドのテーブルに置いたままだ。
そのままの姿勢で手を延せば届くところにある。

「他人の携帯を覗く趣味はないので気兼ねなく。早く送ってあげないと気を揉ませると可哀想だ。」
そう言うと小野寺は、わざとらしく絵里の背後でうつぶせになった。
片方の手だけはまだゆるく絵里の体にかかっている。

かなり強く躊躇したが、小野寺から体を解き携帯だけ持って別の場所に移動する勇気はなかった。
携帯に手を伸ばし開くと小野寺から確かに10桁の数字が届いていた。

携帯を操って数字をコピーし、新しいメールにして送信した。
小野寺のメールをそのまま転送しないのがせめてもの自分なりの配慮だった。

携帯をパチンと閉じるとベッドサイドに戻した。

「これで一件落着だ。」
小野寺が言った。

「一件落着」、その表現が心に刺さった。
同時に、成り行きで余儀なくされたとはいえ、最後、男とともにいるベッドの中からメールを送信することさえしたことの罪の意識も心を噛んだ。

「一件落着」、絵里の口から発せられたその表現は、私の心にも刺さった。
その言葉を発したのは確かに小野寺には違いない。
しかし絵里が携帯をパチンと閉じる音は、その言葉と同じ響きを持って。私の想像の中で鳴っていた。