126. 解放

投稿者: ゆきお

新たな状況でフェラチオを始めたという絵里の説明を聞いて、「フェラチオは他の事を考えながらでもできる。しかしやっている意識や、口の感覚を追い出すことができず、自分の世界がそこだけになってしまう…」というような、はじめに絵里が言った言葉が、別種の重みを持って私の心の中で反復された。

その言葉自体は心にしまいながら、絵里のそのときの気持を訊いた。

頭の中はずっと私のことでいっぱいだったという。
同時に、私のことを思えば思うほど、とにかく上手くやらなければという緊急の思いにも支配されていた。
極限の矛盾に追い込まれながらの行為だった。
そう語ると、それ以上の説明は難しいと言った。

小野寺にフェラチオしている絵里がずっと私のことを考えていたという事実だけにでも、私はなんらかの慰めを感じようとした。
絵里の矛盾する胸中に深入りせずに、それで自分を納得させようとし、ある程度はそれに成功した。
もっとも、絵里のそうした説明は後日、絵里が自分にフェラチオをしている際に別の思いとなってはねかえって来ることにもなる。

途中から、頭に置いた男の手の動きと、言葉によって、頭と口と舌の活発な動きへと誘導されていった。
今までこちら側からの口戯まかせだった男のものが、自らの意思で往復運動をはじめた。
それに応えた。
口の中の男のものがいっそう大きくふくらみ脈動するのを感じると、ゴールが近いと思った。

言われるままに唇の締め付けと吸う力によって、男の目指す目的に協力していた。

男のものが口内奥深くに刺さったまま熱いほとばしりを発した。

そのまま飲み下した。

その行為は最近では私たちの間ではまれだが、以前はよくやったものだ。
だから絵里にとって決して慣れない行為ではない。

男がそれを強い意思で目指したとしたなら、絵里もそれに自然に応えることなるのは理解できると思った。
そう理解していたから、そのことで彼女を責めようとは思わなかった。
そして彼女の気持を訊くこともなかった。
知ったからといってどうなるだろう。

そして、このあたりから私は絵里の内面にもぐるようにして気持を聞き出すようなことを止め、絵里が自発的に語ることだけに留めるようになった。

放出したものが喉へ入っていくまで、口の中に入っている器官を引き上げないという意思が見えていた。
ゆっくりと事が済んでやっと口が解放されていった。
ほっとすると同時に、その状態で、理性を取り戻して男と相対することをうとましく思う気持があった。

「もう一度きれいにしてもらえますか。奉仕ですから。」
小野寺が命じた。

それに従った。
逆に現実に戻る前の猶予ができたとも思った。

男が体を引くと、それも終りをつげた。

「このままでいてください。」
小野寺はそう言うと場所を離れ、クローゼットのほうへ行き、服を出して着はじめた。

洗面所に行くでもなく、自分のものをティッシュで拭くわけでもなく、そのまま服をきた小野寺を見て、風変りな羞恥心を覚えた。
自分の痕跡を留めたまま男が日常に戻ることに対する羞恥心だと後から分かった。

小野寺は戻ってくると膝を追ってかがみ、同じ高さの目線で話した。

「約束どおり解放してあげます。5分だけ隣に席を外しますから、彼氏に電話してあげてください。」

「分かりました。ありがとうございます。」
そう言うしかなかった。

「そうそう、私もこれで満足できました。すばらしい奉仕でした、絵里さん。」
そう言うと、微笑みながら正面から唇にキスをし、立ち上って出て行った。

その何げないキスに少なからぬ驚きを感じたと絵里は言う。

私と付き合う前から私たちが一緒になるまで、数えて片手ほどの男性との経験 — 一緒になってからは今度の件があるまでその数はゼロだという絵里の言葉を信じよう — の中で、最初の男からフェラチオは経験しているが、フェラチオの後に敢て女性にキスした男性は私だけだったという。

絵里はこれまでそんなことを語ったことはなかった。
最初の男性からフェラチオ云々という話も今度はじめて聞くものだ。
小野寺との行為をきっかけにして、これまで私も知らなかった絵里のセクシャリティの一部が語られることになった。

それにしても絵里はなぜこのときそんなことを話したのだろうか。
その前に起きたことに比べれば、一種他愛もないエピソードとして、しかし、驚きを与えた印象深い出来事して、思わず語ってしまったのかもしれない。

しかし、私のほうでは、後から思い出して考えれば考えるほど、今まで自分も知らなかった、絵里の中での特権的地位が独占的なものでなくなったことを、事後的に告げられるという意味を持ったものだったような気がしてくるのだった。