128. 仕度

投稿者: ゆきお

絵里があわてて私に電話したときの会話や顛末は、私が以前に記録したとおりである。
会話の内容についてお互いの間に認識の違いは何もなかった。

ただ、電話の口調から私に感じられた、絵里の最初の焦りと私が電話した目的がわかったときの気持の落差は、私が思った以上に大きかった。
実は、以前絵里が出張中に私の母が脳梗塞で倒れ、私が急に実家に帰省しなければならなくなり、その連絡で携帯に電話したことがあった。
そのときのことをとっさに思い出したのだという。
確かに無理もない。

もう一度撮影の件を頼むよう絵里に言ったときに、絵里があっけなくOKし、会話がそっけなく大急ぎになったことについて、小野寺から与えられていた5分がもう過ぎていて、いつ何時戻ってくるか分からない状況で焦っていたという絵里の説明は、話をここまで聞いてきた上ではもう私にも自明であった。

実際絵里は、小野寺のノックを聞いて急いで電話を切り上げたのだった。

小野寺は入ってくると、電話の用事は済んだかと尋ねた。
他の用事だったら、簡単に、「終った」と言うことができただろう。
しかし、事が事だけに小野寺に話さないわけにはいかない。

絵里は、私の希望をほぼ直接小野寺に伝え、そして、「どうしたらいいでしょう?」と訊いた(絵里はその事実を事もなげに話したが、絵里のこの態度は私にとっては大きなショックで、二人の間で後でちょっとした棘のあるやりとりに発展することになった)。

小野寺はしばらく無言考え込む様子でいたが、急に口調を変えて言った。
「そのことはあとで話し合うことにして、まずは食事に行きましょう。お腹が空きました。絵里さんはだいじょうぶですか?」

ここまで、空腹を覚える余裕などなかったが、言われてみて確かに急に空腹であることを感じた。

「8時に食事をアレンジしてあります。これからだとょっと遅れるかもしれませんが、かまいませんから、急いで出かける仕度をしてもらえませんか。私はもうこのまま出ていい準備ができてます。」
そう言うと小野寺は絵里がバスローブを羽織っているのを見て、もうシャワーを浴びたのかと尋ねた。

「いえ、まだです。ずっと裸でいるのも何だったので…」

「じゃあシャワーをどうぞ。それともさっき言ったみたいに香水だけでも? そのほうが私は好きですけど。」

「遠慮しておきます。」
淫らな言葉だと思ったが、できるだけ事務的に反応した。

バスルームへ向かおうとして下着のことに思いが至った。
先ほどまで使っていたベッドでシーツにもぐりこませてある丸めたショーツと、別のベッドの上に脱ぎっぱなしになっていたブラジャーを拾い集め、クローゼットに入れてあるキャリーケースの洗濯物袋に入れ、新しい下着を出そうとしたときに気がついた。
2組しか持ってきていない。
過去の2回の経験から、プレイ当日のホテルで早々に脱ぐことになるその日の分と、次の日の分があれば十分だった。
ホテルに遅くに戻って就寝前にバスルームで大急ぎで洗濯することもできたから空調の前に欲しておけば朝には乾いていた。

しかし、今回はその読みが違った。
まさかその日のこんな早い時間から、しかも下着を着たままそれを汚すように愛撫されるとは思わなかった。
ブラもずりさげられて縄をかけられたので微妙によれよれになっていた。
今この状態でシャワーといっしょに洗濯してバスルームに干していくにしても小野寺に見られる可能性もあるし、部屋に干せるあてもない。

念のためショーツだけサニタリー兼用のものを予備には持ってくることにしているから、それを合わせればどうにかはなる。
しかし今日これからそれを穿いていって、プレイの際に見られるのもいやだ。
明日帰りに穿けばいいだろう。
明日着るはずだったブラとショーツのセットに今着替えていって、明日は明日でブラは今日の2枚のうちのどちらか状態のいいほうにして、バランスがみっともないのは自分だけの問題だからどうにかなるだろう…。
などと下着を出す前に躊躇しながら頭の中で高速に計算している様子に何か気配を感じたことがあるのかもしれない。
もしかしたらそれとも関係なく最初からそのつもりだったのかもしれない。

「絵里さん」と小野寺が呼びかけた。

「先ほどのまだ中を見てない買い物の袋を開けてみてくださいよ。」

「あ!」と閃くものを感じながら、使われてないほうのベッドの上に置いたままになっている紙袋の中身を開けた。

紙袋の中の薄い紙の包みの中からモーブのブラとショーツ、そして同色のガーターベルトのセットが出てきた。
脇に黒いストッキングの透明の包みがはいっていた。