135. 苛立ち

投稿者: ゆきお

絵里の話を聞いて、私は小野寺が具体的にどんな順番でどんな風に話したのか、そこで絵里はどんな風に答えたのか、その明確なイメージが掴めなかった。

それが違和感となった。
違和感を払拭したいと思い、何度も同じ話になった。

「一つ一つ説得されたんだよね。」

「そうよ。」

「どんな風に。」

「書いたとおりのことよ。それを言われたの。」

「言われたとおり、うのみにしてそのまま書いたってこと。」

「うのみにしたという訳ではないけど、基本的には私もそのとおりだその時は思ったのよ。きみだって結局そう認めてるでしょう。もともと理屈してこっちのほうがおかしかったって。」

「それはそうなんだけど…。」

「君はどんなふうに議論したんだい。」

「個々の点について、そういう言い方は変だとか、私たちの事情も分かってほしいっていうようなことや、契約の内容は分かるけどそこをどうにかっていうようなことは、話の間々に言ったけど、ぜんぜん歯が立たなかったわ。だってもともと理屈としても無理だったのよ。」

「具体的にたとえば、どんな風に言ったの。」

「セキュリティの件できみが疑われたとき、交換ソフトなんか使うような人じゃないってちゃんと言ったわ。」

「それは分かるけど…」
知っていてその件を持ち出しているのではないと思ったが、この件は私の心をまたちくりと刺した。

結局絵里は、自分が言った内容や、小野寺にどんなふうに説得されていったかについては本質的には、抽象的にしか答えなかった。

さらに具体的に聞き出そうとすると、メールに書かれたことをそのままなぞるような言葉が返ってきた。

絵里の答えたことは事実かもしれないが、私は何か別の風の説明が欲しかった。
私の欲しいものと、絵里の言葉の間に何か決定的なずれがあった。
そのずれがうまらなくて話が堂々巡りとなった。

これについての話は一日では済まなかったが、話せば話すほど、私たちの間で苛立ちのトーンが強くなってきた。

そもそも、絵里が私の希望をほぼ直接小野寺に伝えたこと、そして「どうしたらいいでしょう?」とある意味、「対策」を小野寺に丸投げしたことについての違和感が払拭できないでいた。

いらだつうちに、それまで封印していた、そのことについての感情を絵里にぶつけることとなった。

「だいいち、ぼくが電話で頼んだことを、小野寺に丸投げしたってどういうこと。どうしたらいいでしょうって、相談したんだよね。」
心の中にわだかまっていた形容がそのまま露骨に出た。

「丸投げって…。ほかに私にどんな言い方ができたの。もう一度、頼んでくれって言ったのはきみで、私はそれを彼にはっきり伝えるしかできないわよ。それにきみから言われたことについて、向こうは交渉相手だから、交渉相手にどうするか訊くしかないでしょう。それとも、困っちゃったと訴えればよかったの?」

絵里が私と小野寺の板挟みになったのは確かだ。
絵里がそのことで困ったのも分かる。
しかし、その時の絵里の立ち位置はどうしてもずれていた。
そして何か認識のレベルがずれていた。
そのずれを絵里が認識してくれないのがもどかしかった。
それとも気づかないふりをしているのか。

この件に関して、事実として絵里のとった行為や、絵里が私に送った言葉は仕方のないもので、ある意味で正当なものであったとかもしれないと思う。
しかしその事実の部分ではなく、絵里の言葉の端々から伺えてくる、絵里が小野寺の言葉で思考し、そのとおり振る舞っているような気配がどうしても私の心に棘のように刺さった。
そして話を重ねるほど、その部分についての絵里が無自覚であるところ、あるいはもしかして知らぬ振りをしているかもしれないというところが、強く意識されてきた。

「ねえ絵里、小野寺にとりこまれちゃってるんじゃないの。」
ついにそんな言葉まで出てしまった。

「私はそのつもりはない。でもきみがそう言うんだったら、そんな部分があるかも知れない。だってそのとき私は彼といて、きみはそこにいなかった。だから見るものがずれてるころはあると思う。そう言われると、もう私分からない…。だけど、きみにそんな風に言われると、私つらい…。」