142. 佳美も

シャンパンのボトルを取った小野寺は、まだ半分ほど残っている絵里のグラスに継ぎ足そうとした。

「酔っ払ってしまいます。」
「いいんですよ。酔っ払っても」
「でも…」
「でも…?プレイのことですか?」
「…。」
はっきりと言われ赤面した。

「絵里さん、今夜の計画はもういろいろと変わってしまいましたから、あまり後のことは考えずに、とにかくまあ少しゆっくりしましょう。飲んでいいんですよ。少しくらい酔ったって構わない。」

「…」

シャンパンが継ぎ足されたグラスを、無意識のうちに無言で唇にやった。

小野寺は、前より落ち着いた調子で、それ自体はどうということもないが、先ほどえみが中座したために中途半端になっていた近辺の歓楽街事情のことについて、今度は二人の会話のスタイルになって都市開発の問題も含めながら、続きを話していった。
二人きりになって、先ほどまでの陽気な活発さが自分から去って口数が少なくなくなり、小野寺の話を聴くだけの受け身の姿勢が強くなった。
それとともに軽い酔いの感覚が戻ってきた。
別の意味でその場に溶け込みはじめた気がした。
聴いているだけでは小野寺の言葉の響きに酔ってしまいそうで、相槌やおうむ返しのような小さな質問を適当にはさんでいたが、それもだんだんそれも上の空でのものになってきた。

小一時間ほど前に、野暮ったい別の服のでここにいたことが、遠く前のこと、もう今日のことですらないような感じがした。
ホテルで着替えたことも、夢の中の括弧に閉じられた時間での行為にように遠く思い出された。
先ほど最後の力を振り切って抗った、あの酔いのともなった安堵感、ソファに怠く体が沈んでくる気分がいっそう強く戻ってきた。
そして、今度はそれに抗わなくてもいいと言わているということを思い出した。

「やっぱり、本物のストッキグに包まれた脚は綺麗です。」
「…」

突然そんな言葉を発した小野寺が自分の膝のあたりを見下ろしていることに気づき、緊張が走った。

「どうですか。」
「…え?」

「本物のストッキングと、ガーター。」
「なんだか落ち着かなくて…」
「初めてですか?」
「遊びで友達の家で一度。外で着るのははじめてです。なので、落ち着かなくって…。」
「最初はね。そのうち慣れるでしょう。」
「…」

まるで、慣れるための時間とでもいうように、小野寺はまた、先程の主題に戻り話を続けた。

小野寺の話をうわの空で聞きながら、今身につけているものすべて小野寺の用意したものだということに改めて気がつき、今さらながら落ち着かないような気分になった。
その一方で、柔らかく自分を包んでいるそれらの中に心地よく落ち着いていくのを危うい気分とともに感じていた。

「佳美も。」
「…え?」

突然今までとうって変った 小野寺の懐古的な口調と、その口から発せられた名前にどきりとした。

「佳美もこうしてよくいたものだ、この同じ席に。」

「…」

「もっとも佳美は、スカートの下はガーターとストッキングだけでいたものだけど。」

小野寺の言う彼女の状況が何を意味すか一瞬の間を置いて理解できると、それは頭の中で視覚的イメージになり、そして、ほとんど間をおかず皮膚感覚となった。

背中に何かが走った。