143. 信頼

投稿者: ゆきお

「佳美さんってどんな人なんですか。」

危うい雰囲気を変えようとそんな質問が出た。

一度すでにホテルのベッドでホームページを見せられ佳美の存在を知ったときにもした質問だ。
そして、絵里がすでに私に語ってくれた佳美についての情報の多くはここで語られたという。

しかし、小野寺の私生活に触れる部分も含めて、絵里が何をいつ質問し、何をいつ知ったのかその配分について、やはり釈然としない部分があった。
小野寺の結婚の状況や、つきあっている女性がいるかどうかについて、絵里が私に対して装っているようなほとんどの無関心を、貫いていたとはどうしても私には信じがたい。
絵里がそうしたことに特別の関心を示しはじめたのは何時ごろのことなのか、それはもっと早くからなのではないか…、その疑問は後になるにしたがって私の中で強くなっていくものとなった。

ともかくも、このときも、佳美のことについてもいろいろな意味で私とは別の関心のしかたを示したのだろうと思う。
そして絵里はどんな思いで小野寺の話を聴いていたのか。

それにそうした話が、ベッドで語られることと、あるいはこうしした場所で語られたことと、どちらに私は胸穏やかでない気持ちになるべきか。
自分でも判然としないが、それは程度というより、質に関わるものであったろう。

佳美の同意に基づく写真の公開という事について、ここではっきりと話題になったとということを絵里が語り出した。

「信頼ということについて話題になったの。」

「信頼?」

「ちょっと変わった話。」

………

「君の彼氏からの写真の話だけど、絵里さん私を信頼してますか?」

「えっ?」

「信頼していない相手に、自分の名誉を危うくするような写真を撮られるのは危険だ。でないと極めて軽率という他はない。そうでしょう。」

「そうですね。」

「とういことは、先ほどの提案は、あなたの彼氏も含めて、私を信頼してのことというとになる。」

「そうですね。変なことをしないという意味では信頼があると思います。社会的なものも含めて。」

「それはうれしいですね。」

「それより、そうでないと元々こんな契約、結ばないですよね。」

「それはそうだが。記録を許しすということにはまた特別の信頼がいる。佳美も私を信頼している。だから記録を許した。」

「そうでしょうね。」

「私を深く信頼して、その結果、公開についても私に一任した。」

「どいうことなんですか…」

小野寺がここで、公開同意書の意味、それがもたしている結果について具体的に語り出した。

「信頼というのはそういうものだ。」

「そこまでは…。」

「いったん記録を預けてしまえば、また信頼のありかたも変わっていくものなのです。そして、信頼して撮影させるということは、信頼があるからこそ危険なものなのです。」

「でも信頼があるというなら、記録を持っているほうが相手の望まないことはしないということも信頼に含まれるでしょう。」

「もちろんそうだ。佳美も最初そうだった。しかし、もっと強い信頼関係をお互いが望んだ。私は信頼のあり方について一つの形を示しただけだ。一任という形も含めて。そして最終的にそれを自ら望んだのは佳美のほうなのです。そして佳美はそれに満足を覚えている。」

「私は佳美さんとは違います。」

「もちろんそうです。誰もあなたに佳美になれとは言っていない。ただ、この種のことというのは相手に信頼がなければ大変危険だし、また信頼していればまた、最初に思っていたのとは別の結果になるということを一般的に言っているのです。そして絵里さんは後者のことについて深く考えたことがない。」

「…」

「だからやめてよかったのです。」

………

「なんか論理が捻れているよね。」

「そうなの、捻れているんだけど…」

「けど?」

「なんだか煙に巻かれて納得しそうな感じ。」

「まあ、でも結局撮らないことにしてよかったね。」

撮影をしないことについて小野寺があらゆる論理を駆使したことは、私の方でも感謝すべきことであったのかもしれないと思った。
そしてそうやって、逆説的だが私のほうでもある意味その奇妙な論理に巻き込まれていた。

しかしその背後にある、佳美と絵里が同じ遡上に乗せられている事実については、不気味なものを感じずにはいられなかった。

絵里もそうだったろう。
というより、佳美のことが話題に上ってから、比較されていることの自覚は絵里の認識の基調であったろう。
それがどういう作用をもたらしたか、もたらしていくのかを、絵里のことばから正確に探るのは、二人の会話の中でいちばん捉えられない部分になりつつあった。
佳美の話は私に新たな種類の不安をもたらした。
不安は小野寺により変えられてしまっであろう佳美という存在に対してのものだけでなく、それについての絵里の反応が私に捉えられないという点で二重のものであった。

そして後者の不安が正当なものであることは後になって明らかになった。

佳美がそこにスカートやワンピースの下はストッキングとガーターベルトだけでいたということを聞いたとき、「背筋に何かが走った」というのは、私この時話をしてくれたときの表現であった。

しかし、あるきっかけでこの話に戻ったとき、「あそこがキュンとなった」という、より直截な告白を聞いたのは、それこら半年以上経ってのことであった。
そして膝に置かれた男の手が「焼けるように熱く感じられた」というのも、股間熱く著しく湿潤していたというのも、その時になってはっきりと告げられたことであった。

………

「佳美さんは、この店によく来ていたのですか?」

「そうですね。ここの人は信頼がおけますから。ママは私のことをよく理解してくれていますし。えみも佳美とよく気が合って、もう長い友達と言ってよい。だから日本に帰ってきたときも寄ってくれます。」

その言葉で、ママやえみが小野寺と自分の関係について、男女の仲ということだけでなく、関係の特殊な部分も含めて了解しているのではないかということが、確信に近いいものになった。

「ママもえみちゃんも佳美さんのあの写真を見た人に入ってるんですか?」

小野寺からの返事はなかった。
だが不意の質問に対し、無言で穏やかな笑みを浮かべてじっとこちらを見つめる目には、まごう方なく答えが書き込まれていると感じた。
軽率な質問をしてしまったと思った。