147. タクシー

投稿者: ゆきお

「あら、ウイスキーいいわね。」

「絵里も、ちょっと飲む」

「ん…止めとく…私は水でいい。」

部屋着に着替えても戻ってきた絵里はそう言うと、ミネラルウォーターを自分のタンブラーに注ぎ、ふうっと大きく一息ついた。
話せばいろいろ話さければならいないことがあるのを意識しているはずなのに、何のくったくもなさそうな風なのは、つとめてそれを装っているのか。

「二次会はどこへ行ったの?」

「××丁目のワインバー」

「え?ワインバー。なんでまた。」

3回目のプレーでの絵里の行動について、細部は別にして、その時にはすでにおおまかな行動を聞いていた。
ビジネスホテルから一度ワインバーに移動して食事したというのも知っていたので、そのワインバーという言葉には思わず反応するしかなかった。

「なんでまたって…二次会はお返しということで向うでセッティングされたわけだから。私が選んだわけじゃなくて…。」

「小野寺って男、よほどワインバーが好きなんだね。」

「っていうより、誰がセッティグしてもワインバーくらいになっちゃうでしょ、場所がら。クライアントによってはキャバレーっていう人もいるけど、そんな時代でも、 彼もそんな人じゃないし。」

一人の男をめぐっての揶揄と弁護の反射的な応酬のような気配ができかかり、できる限り冷静にならなくてはと思った。

確かにそうした状況での二次会で、そのランクの集りだと居酒屋でもないだろうし、5人にもなればば英国風のバーということもないだろうから、ワインバーというのは彼女言うとおり最適解だろうと私も納得した。
その言葉の喚起するものだけは割り切れないが…。

私のその心を読むように絵里が言った。

「変に気を回さないでね。その…あそこのワインバーとはぜんぜん違うから。」

「まあ、分かってるよ。」

「盛り上った?」

「仕事の話の続きだから、そういう意味では先のビジネスプランまで盛り上ったわ。成功だったと思う。」

「みんな最後までいたの?」

「いたわ。」

「もうちょっとという雰囲気はあったんだけど、プロジェクトマネージャの××さんが、家が遠くて終電早いというので先においとまというところで結局、お開きになったの。」

「で?」

「お開きになってから、歩いて駅行った××さんを交差点で見送って、通りでそれぞれ順番にタクシー拾ったわ。」

「最初、電車で帰ろうと思ったけど、タクシー停めたときにお先にどうぞと言われて、私もまあいいかって思っちゃったの。」

「タクシー代を小野寺から出してもらったとかそういうこと?」

「まさか、自分よ。みんないっしょのときにそんなことしないでしょ。」

3回目のプレイからの帰り絵里は、疲れているからと空港からタクシーで戻って来ていた。
後で聞くと、小野寺が別途出すと言ってそれを勧めたという。
馬鹿げた連想だがそのことを思い出したのである。

「会社から出るの?」

「特別に理由をつけて請求すれば出るかもだけど。私的な裁量のうちだし、あんまり面倒くさいことしたくないから、たぶん自費。新しい役職の手当に含まれていると考えられないこともないし、経済的には心配しないで。」

その言葉は絵里らしくないものに私に耳に響いた。
絵里は無駄な出費を嫌う質で、外で飲んでいて終電間際になってもつい楽しくなって「もうタクシーで」と考える意思の弱い私をたしなめ、結局切り上げて電車で、というのが二人の間でよくあるパターンだった。
空港からの件を別にしても、タクシーの利用という点に関して絵里の感覚が以前と変っていくのに気づいた最初の時だった。

それは、紛れもなく、3回のプレイで小野寺と行動を共にしたことが絵里の上に及ぼした影響であり、この先小野寺との行動が増えていくにつれ、行動様式に現われてくるいろいろな変化のうちの一つであった。