149. お茶

投稿者: ゆきお

SMホテルの前に着いた。
小野寺が支払いを済まし、運転手の目が背中に刺さっているような気がして緊張しながら小野寺とホテルへ入った。
バッグは小野寺が持った。
そのことで緊張したと絵里は語ったが、その時の絵里の感覚が初々しいものとして今では懐かしい。

中に入ると、コートを脱ぎ、小野寺が数分中座し、そしてそなえつけのポットで入れたお茶を飲み、少し休憩したという。
それを知りたいと思った私が、聞き出したプレイ前の細部であった。
その時どんなようすで、どんな会話が交わされたのか。
会話については絵里は全部は覚えていないと答えた。

「お茶飲みながら、どんな話したの。」

「あまり覚えてないし、そんなたいした話じゃないわ。普通の会話」

「どんな?」

「寒くないか、と聞いたわ。そんなようなこと。」

「絵里は?」

「だいじょうぶ、って答えた。」

「あとは?」

「酔いは大丈夫か、とか…」

「ふうん。これから、すごいことしようというよのに普通なんだね。」

「だって、そんなとこでプレイの話なんかしたら変でしょ。」

「お茶は絵里が入れたの?」

「そうよ。彼は何かまだ急な仕事の連絡があるとかで、少し失礼するとかいって隣の部屋でメールしに行ったし、私も何か暖かいものを飲みたかったらその間に。そして彼が戻ってきて、ちょっと休んで話したの。」

プレイを前にしながら、日常を生きる二人の男女の姿をそこに見た。
若いころ、絵里やその前につきあっていたガールフレンドとラブホテルに行き、回を重ねるうちに、そんな場所に入ってきたという緊張感が二人とも薄れ、ぎこちなさがなくなり日常のように振る舞っていく、そんな経験を思い出した。
恋人たちのラブホテルのセックスが日常に組み込まれるように、SMホテルでのプレイが二人の日常に組み込まれていく…ポットのお湯のお茶、入ってからのくつろぎの他愛もない会話は、私にとってそんなことを象徴するものだった。

聞いているときの私の心はじわりとした痛みに沈んでいた。
その私の心の動きに絵里は気がついたかどうか。

その後に続くプレイについての話のほうを私はむしろたんたんと聞くことができた。
それは、むしろそんな小さな個々のディテールですでに心を刺しすぎていたからなのか。