150.「皺になるから…」

投稿者: ゆきお

SMホテルで行なわれたプレイについて、いったん話が始まると、いくつかの例外的な部分を除けば、絵里も淡々と語って行った。
その内容は、ある意味、事実の骨格だけになりがちだった。
淡々と私が聞いたというのは、むしろもともとは細部に立ち止まりがちな私が、多少の綱引きとともにしだいに、絵里のペースに乗せてられていったというほうが正確だろう。

お茶のあと、まず、絵里は縛られた両手首を高く掲げるようにしてプレイルームの天井から降りたフックに吊されたという。

「最初に、縛られて吊るされたの。」

「え? 縄で宙に吊るやつ?」

「そんなんじゃなくて。」

「手よ、手首。天井から。伸びする感じで。」

「高く?」

「足は届いてたわ。爪先立ち。」

「前もあったような。」

「そうね。でも縄では初めて。」

「痛くなかった?」

「手首にタオルを巻いてくれた。あと、関節が変にならないようにうまくしてくれた。」

うまく…? 支障ないようにという意味だろうとは思ったが、小野寺の技術の巧さをも指す形容にもとられ、胸がちくりと刺された。
しかし、皮肉になるのを怖れて言葉尻を捉えることはしなかった。

「裸?」

「下着は着てた。」

「ああ、なるほど。」

とっさに小野寺の指定した秘密のサイトで見た、佳美の姿を思い出した。紫色のレースの揃いのブラとパンティ、そしてガーターベルト。黒のストッキング…。

佳美さん…と言いかけて言葉を呑みこんだ。絵里と私の見た画像のデータに違いがあることが前に分かったき、その系列の写真について私は触れなかった。
そして、その時と同様、このときも触れないほうがいいようにとっさに感じた。

「下着って?」

「ブラとショーツとガーターとストッキング。」

サイトで見た佳美の着ていたランジェリーが鮮明に思い浮かぶ。
それは、濃い紫だったが、絵里が買ってもらったという薄紫の揃いのランジェリーを想像してそれに重ねることになった。
そして絵里の顔や体も。絵里は、佳美のその写真を見たのだろうか…。

「下着の色って何色だったっけ。」

「薄い紫。」

色の類似の可能性への興味を隠した私の質問に機械的に答える絵里の口調から、何も伺えない。

「それとハイヒールだね。」

「そうよ。」

当然というように絵里は答えた。

ランジェリー姿の佳美の肉に淫靡に縄が絡みつくようすが生々しく脳裏に浮かんだ。
下げられたブラから盛り上がるように露出する乳房に、きつく食いこむ縄。
縛しめによって、膨らみ張った艷を帯びる乳房の皮膚と乳暈。

「手首を吊られて、それでどうしたの。」

「縄で縛られた。」

「どこ?」

「ぜんたい。」

「全体って?」

「胸と下半身。」

「ブラジャーしたまま?」

「ブラは、下げられた。」

「あと、お腹から下のほうも。」

「菱縄とか亀甲縛りとかいうやつだね。一番最初のときにやった。」

「そう言うんでしょうね。」

菱縄をしたときの下半身の縄がけにはいくつかのタイプがあるはずだが、私はもう詳しい質問を要しなかった。
佳美の受けていた緊縛で、菱形は胸の下のところで終り、そこからに二本にまとめらられた縄がガーターベルトの中央を通り、パンティに包まれた股間を一直線に割っている様子を思い浮べた。

「お腹から下もぎちぎちに縛られたの。」

「そこは簡単だった。」

自分の予想を確認するためだけの質問と答になった。

「股縄された?」

「された。」

「どんな感じ?」

「食い込むわ。前にもされたって言ったよね。」

食い込みのきつさを感じさせるように、膨れあがった肉が紫色のパンティ越しに縄を左右から包みこんでいる、佳美の下半身の映像を思い浮かべた。

「感じる?」

「ばあいによる…」

絵里は恥かしげに曖昧な笑みを浮かべた。
これについては、第1回目の後に聞き出そうとし、それが快感につながったことについては聞き出していた。
私の記憶によれば、パンティの上からされるのは初めてのはずだ。
また違う興奮があったかもしれない。
そう思ったが、その辺りに話をつっこむのは止めた。

実を言うと、ほんとうは私が聞き出したかったのは、二人で控えの場所のようなところでお茶を飲んでいたところから、プレイルームで緊縛に至る流れの中で起きたことや、その間の二人の間の機微のようなものだった。

どんな言葉で小野寺は誘導し、どんな風に絵里が答え、そして下着姿になって縄をかけられるところに移行していったのか…。
どんなふうに、ワンピースを脱ぐことに、あるいは脱がされることになったのか。

プレイへといざなう小野寺、伏し目がちに従順に従い、命じられ、男の目の前で恥しそうに服を脱ぐ絵里の姿。あるいは、二人が抱きあって熱いキスを交し、小野寺の手によって絵里のワンピースが脱がされていく様子…。
そんなことを妄想した。
そして、それは、画像の中の佳美の姿に絵里を重ねることでは補ない伺え得ないものであった。

「お茶飲んでて、どんな風に縛られることになったの?」という私の質問に対し、絵里は言葉少なめで、曖昧であった。
何回か言葉を変えて聞き出そうとして得られた答は結局、

「少し休んで、さあ始めますってなったら、もうあっという間に縛られてたの」

であった。

テニスの手合わせや、バンドの練習をはじめるようなそんな、機械的なあっけらかんとしたものではなかったろうと想像できたが、そのあたりの空気をうまく聞き出すすべはなかった。
3回めとなるプレイの報告の中で、私がそうしたところの言葉や一挙手一投足にこだわる様を絵里がうるさく疎ましく感じはじめているというのは私にも伝わりはじめていた。

「さあ始めますってなったら、もうあっという間に…」という、そっけない言葉は、その私のうるさいこだわりを、絵里流にぴしゃり封じ込めるものであもあると私は感じた。

「服は自分で脱いだの? それとも脱がされたの?」

「えっとね…最初、彼、服の上から縛りたかったようなのね。」

佳美の画像にはなかったが、たしか第1回目プレイのときそうだったことを思い出した。

「それで?」

「私がちょっと嫌がったの。」

「嫌がったって?」

「せっかくの新しいワンピースが皺になっちゃうからって。」

「なるほど…。それで?」

「それですぐに思い直してくれた。それに、服の上から縛って、また裸になって…みたいなことになるとどんどん時間が長びくでしょう。
そうは言わなかったけど。服の上から縛るのはやめになったから、それで私が自分で脱いで…それで律儀なことに彼が私の服をもらってハンガーに掛けにいってくれたの。」

私が最初妄想したもののどれとも違う、もっとドライとも言える成り行きだったことになる。
しかし、それはまた、『さあ始めますってなったら、もうあっという間に縛られてた』」というのとも違っていたことにもなる。こうして掘れば出てくるディテールが他にどのくらいあるのだろうか…。
その思いは私の胸を漠然と騒がせた。
この先私は、不可知のものに対する諦めの態度をしだいに身につけることで、その胸の騒ぎを静める術を覚えていくことになるが、その過程はまだ始まったばかりだった。

聞くもがなで聞いてしまったこの事実は、また、別の意味で私の心を刺した。
絵里が小野寺からプレゼントにもらったそのワンピースに特別の配慮を示したというのは考えすぎにしても、それとは別に、絵里が小さいなことながらも拒絶の意を示し、小野寺がそれに従ったということは、明らかにそこに二人の馴れ合いというようなものが存在していると感じたのだ。
おおよそSMプレイというものの中では有り得そうもない、緊急のものでない、しかもささいな理由による拒絶はをめぐるやりとりは、恋人たちのじゃれあいにも似ていた。
絵里のその拒絶は、小野寺が受け入れる可能性を予想したものでもあったろう。
そして、それは、契約に従ってその身にされることを従順に甘受するという態度でいつづけるというより、何か積極的にプレイに参加、いやパートナーとしてプレイを構築しているという態度の小さな現れのようにも感じられた。

それに、この時の空気は果して、絵里のさばさばとした語り口にも係らずドライなものであっただろうか。
まだ学生で絵里が勤めはじめたころや、また付き合いはじめたころに、通勤着の彼女のブラウス姿やよそ行きのシックなワンピース姿にそそられ、若い力にまかせて服の上から荒々しく愛撫しようとするようなときに、絵里口から出た「だめ、皺になるから」という言葉、そしてそのささやくような湿った響きを私は思い出していた。
そんなことが何度か繰り返されるうち、絵里の口調は大人が子供を諭すようなものになり、私自身も大人になって気をつけるようになっていった。
「だめ、皺になるから…」私は、絵里の口から小野寺に向かってそんな言葉が発せられる情景を思い浮かべてしまっていた。
その情景の中で私の耳の中で響く絵里の口調は、私たち二人の初めのころのように、媚態と湿り気を帯びたものだった。