152. 摩耗

投稿者: ゆきお

「そうやって放置プレーされている間、絵里は何してたの、何考えてたの?」

やはり訊いてみたい…。
いいか悪いか分からないが、「放置プレー」のような俗な言葉を多少意地悪にわざと再度使った。

「そうね…何か、特別な事なんてないわ。恥かしいけど、できることや考えることも限られているし。」

質問の意味そのものや私の意地悪な言葉遣いを無視するようなそっけない返事が返ってきた。
いや、そんな状況でほんとうなら、激しい情感が胸の中に渦巻いいたはずだ。

「ずっと鏡で自分の姿を見てたの、それとも目つぶってたの?」

「どっちも。それに最後のほうはどっちだか分からないわ。」

「…」

「手は痛いし、体は締めつけられてるし、だんだんぼぅとなって最後のほうは鏡の光景もらぼやけてくるし。それに目をつぶっても、見えてる気がするの。動きたくてもろくに動けないし、最後は足もらがくがくして、ふらふらになってくるので、必死よ。だから正確にどのくらいの時間かも分からないのよ。」

確かに精神的肉体的疲労は相当なものだったろうと想像つく。しかし、またそこには陶酔というようなものはなかったかどうか…。
「必死」で時間の経過も分からないというのは、別の言葉で言えば、「無我夢中」ということにもなるはずだ。

このときの緊縛というものが与える感覚について私は、もう敢えて質問しなかった。
正直で正確な答が得られるかどうかも不確かだった。

以前の2回のプレイについての絵里の語りの中で、私はそこで彼女が得た快感についてはもうかなりの程度聴いてきた。
それは二人のセックスのスパイスになってきた。
それだけでなく、絵里が正直に語り、それを二人の絆の糧にするということは、二人とってこの通常でない状況に対処する答として認識され、共同作業として営まれてきた。

第3回目のプレイに関しても、「私ちゃんと話すからね」と言った約束はかなり律儀に守られ、ビジネスホテルでの濃密な情事のような状況についても絵里は赤裸々に語ってくれた。

が、小野寺とのプレイや性的な行為について、絵里にリアルに子細に語ることを求め、それに応じた彼女の語りが、私にその状況をリアルに想像させるものであればあるほど、手の届かない何かがあるという以前からの気持が更に深まっていった。

語られる事実に嘘はないとしても、そのニュアンスにおいて、語りは二人のゲームのため、そして私を興奮させ喜ばせるためのサービスのようなものになっているのではないか…。
告白の赤裸々さ露骨さといえるものは、実は、絵里の心の中に深く広がっていく何かを表面的に覆い隠すものではないか。

縄での緊迫やボンデージスーツでの拘束についても、それが生み出す感覚は興味のある部分で、状況によって快感に繋るという話も以前から聴き出していたが、しかし、今もし、「実は前よりも快感があった」というような言葉を引き出すことができたとしても、それで何が分かるというのだろう、そんな心持ちに私はなっていた。

一方、ホテルに落ち着くまでの状況、その時の心理的な綾について、私が細部に拘り、それに絵里ができるだけ応じようとしたことで、絵里も、そして結局は私も、心理的に消耗しはじめていた。

そんなこんなで、積み重ねられていく過剰な言葉のやりとりのために逆に、言葉での意思疎通という私たちの大事な絆が摩耗が見えてきた。
それは、まさに私がカメラの目を通してでも見たかったことが語られる段になってはっきりしてきた。
そしてそれには、今までと違い、代償的な映像を私が見たということも影を落していた。

絵里から、縄で縛られたときの気持について詳しく聞き出す代りに、私はネットのAVで見たことのある同種のシーンを思い出した。
そしてまた、後からも、記憶にあるその種のシーンを探し出して何度か見た。

そうしたもののいくつかで、腕を高く挙げさえられ胸を縛められ股縄をされた女は、不自由な体をゆらゆらと動かすだけでなく、腿を擦り合わせ、股間を縄でじっとりと刺激される興奮あらわにしていた。
縄によってではないが、やはり半分吊られるように拘束された佳美の動画で、鞭による愛撫のあと鞭が引かれても、腰が刺激をもとめて痒そうに揺らいでいるいる情景も思い浮かべた。

絵里の話によるとそんな拘束は10分かあるいは15分、20分続いたと言う。

「そうね、もし何か考えるというか、気持の中にあることと言えば…」

絵里が回想するように静かに言う。

「…と言えば?」

「誤解されたら困るんだけど…」

「…」

「待つ…ということね。」

「小野寺をか?」

「何か次のことよ。」

「次のプレーか?」

「今の状態じゃない何かが起きることよ。だってそうしかないでしょ。いつまでもその状態のままわけにはいかないんだから。」

絵里の論理は分かるが、そこには大事な前提が抜けていた。いや敷かれていた。

人は拘束されたとき、普通であれば、思うことは一つ、その拘束から逃れたい、縛られているのであれば、一刻も早くその縄を解いて欲しいということだろう。
誘拐拉致され、その時の絵里のような状態に陥れられた女性の頭に、まず、そして縄が解かれるまでの間、憑いて離れない考えはそうだろう。
絵里のようにプレイということを受け入れた女性も、最初はその気持を消せないはずだ。
しかし、すでに過去のプレイによって条件づけられた絵里の頭を支配している考えは、拘束を当たりの状況として受け入れた上で、「次に何をされるか?」ということだった。
思考の回路がそんなふうに見えた。

縛られ、その自分の姿を見るか、目をつぶって耐えながら「待つ」絵里の心中を想像した。
半吊りになった痛み。乳房や股間に縄のもたらす感覚。それが定常状態になった上で、変化といえば、小野寺の持つグラスの氷の音、キーボードの音。動くかすかな気配。そうしたものに対し嫌がおうでも感覚は研ぎ澄まされ鋭敏になっていくだろう。大きな動きにはっとする感覚。期待…。

「じゃあ、次に何が起きたの。」

「彼が立ち上って来たの。」

「まあそうなるだろうね。」

その時のはっとする絵里の気持を想像しながら、そんなことなど何も伺わせない、彼女の淡々とした調子に乗せられるように会話を続けた。
いつの間に、絵里の語彙の中に小野寺の行動を指して「彼が…」という言い方が入り始めているのも実は気になったが、何回めかのそれについても何も言わなかった。

「それで?」

「キスされた。」

「後ろかろ?」

「そう。」

「それでどこに?」

「普通に、口や首、耳…」

「普通に…」というものだろうか。
そのシーンを思い浮かべるとざわつく胸をその言葉はさらにかき混ぜたが、その動揺を抑えながら会話を続けた。

「普通にというか、熱烈にだね。」
「熱烈…? というより、静かだし、ゆっくりだった。」

「じっくり濃厚にだな…」といいかけてやめた。

「キスだけ?」

「胸をいじられた」

「揉まれた?」

「最初そうだけど、基本的にはずっと乳首をいじられた。」

「どのくらい?」

「やっぱり10分か15分くらい。分かんないけど。」

「乳首だけ?」

「そう。」

「キスされながら。」

「そう。」

「耳に何か言われた?」

「何か言ってた。」

「何を?」

「よくありそうなこと。」

「よくありそうなことって?」

「いまいち覚えてない。」

「覚えてないわけないだろう。」

「綺麗だよ、とか、感じてるね、とかそんな歯の浮くような普通のことよ。」

はたしてそれだけなのだろうか…。

「感じた?」

「それはやっぱりそう…」

「もっと詳しく教えて?」

「…うまく言えないわ。難しい。」

「聞きたいな。」

「…続きはメールにする。」

「分かった。」

「もう寝よう。」

私たちはすでにベッドにいて、実はその前に一度セックスをし、話はその後の枕語りに語られていた。
背中をこちらに向けた絵里を私が後ろから抱くような形で会話は続けられていたが、そこで絵里の話してくれた状況は、私にとって新たな強い興奮を与えた。

「もう寝よう」という言葉で丸められた絵里を後ろから抱きながら、胸に手をのばして乳首を愛撫しようとすると、「明日早いからだめ」という一言とともに背中がいっそう丸められた。

絵里は今、その時のことをどう思い出しているのだろうか? そんことを考えながらまんじりともせず自制している私をよそに、絵里は寝息をたてはじめた。
週の真ん中の平日の夜だ。仕方もない。

絵里がすっかりと寝入ってしまった様子を見てとると、起き上がって自室に行き、勃起した自分のものを静めるためにマスターベーションをした。

頭の中にはランジェリー姿で縛らた絵里が男の口づけを首筋に受け、歪に縛られた胸の先の乳首を弄られ、股縄の締められた股間をむず痒がるように腿をすりあわせながら快楽の吐息を漏らしている様子があった。

ティッシュの中に発射すると、機械的にそれを丸めてゴミ箱に捨て、キッチンで水を呑み、寝室に戻ると、暗いなか今度は仰向けなって寝息を立てている様子の絵里の隣に枕を並べて寝た。
続きを書くと約束されたメールの中身を漠然と想像しながら、私も眠りに落ちていった。