155. ホットカンパリ

投稿者: ゆきお

「ソファで休んでどうしたの。」

帰宅した絵里にその日、メールのタイミングについての意外な気持ちについては絵里に言ったが、もうメールの内容についてさらに詳しく尋ねることはしなかった。
これ以上掘り返すのは無駄だというのが絵里の言葉のニュアンスに表われていたこともあるし、先を急ぎたかった。
話がここまで来るのに多くの時間が費やされていたため、実はもう、次のプレイに行く日は、その週の週末、3日後に迫っていた。

「マッサージしてくた。」

「え?」

「マッサージ。」

SMプレイというようなものから私のような未経験者が想像しないその語が意外だった。

「性感マッサージされたの?」

「違うわよ。二回別の方法で縛られて腕が疲れてたの。その前にビジネスホテルのベッドで肩を痛めたようなこともあったでしょう。私が縛られているときも、気にして、気をつかってくれてたのよ。」

「そういえばそうだったね。」

実際はと言えば、私はその一件のことを忘れていた。
その当事者でなかった私としては無理のないことだと自己弁護するしかないが、絵里に対する、私と小野寺の気遣いが比べられているような嫌な気持が、疚しい思いとともにした。

「どんな話をしたの。」

「ゆかりさんの話…あ、ゆかりさんってワインバーのママね、…の話とかとか、えみちゃんの話とか。」

「ワインバーのママと小野寺って同級生って言ってたよね。男女の関係とかあったりしたのかな。」

「その辺分からないけど、違うと思う。あったとしても相当昔の話じゃないかしら。」

「えみさんとは?」

「それも分からない。単にお店のお客さんという以上には、何か少し複雑なことはあるみたいだけど。」

「そういうこと訊いてみたの?」

「まさか。面と向って訊けないわ。ちょっと話は振ってみたけ、何も言わない。勘よ。」

絵里はやはり小野寺の女性関係が気になるのだろうか。

「で、マッサージ、どうだった?」

「気持ちよかった。」

「それはそうだろうね。」

「変な意味にとらないでね…マッサージとしてで。縛られてたということだけでなくて、すごく仕事忙しかったから、あちこち凝ってた。」

「分かるよ。」

「そういえば、あと、私の体、女性としては、関節なんかが、ちょっと硬いと言われた。」

「へぇ…そうかな。」

「縛るときになって差が分かるそうよ。」

「…」

「手を背中に回して縛られたときね、手の平を上向けにして合わせるようにして縛るのをやってみようとしたけど。私最初からその形がとれなくて、うまくいかなかったの。」

「なるほど。できなくて悔しいみたいなのあるの?」

「そんなふうに縛られるのは嫌だけど、体硬いと言われるとやっぱり、あんまり面白くないわよね。」

「…」

「でもあんまり無理な縛りはしないと言ってくれた。佳美さんも、最初は硬かったから気にするなって。」

「佳美さんって人、できるようになったのかな、それ。」

「気になったけど、そっちのほうに話が行くと怖いような気がして、訊かなかった。」

その警戒するような絵里の感覚は正しいと思った。

「マッサージして、それでどうしたの。」

「温かい飲み物でちょっとゆっくりした。」

「お茶?」

「ホットカンパリ」

「ホットカンパリ?」

「そう、カンパリをお湯で割ったのに、蜂蜜をレモンジュースを少し入れたの。」

「そんなものがホテルにあるの? ルームサービス?」

「作ってくれたの。」

「小野寺が?」

「そう。」

「カンパリとか材料は?」

「持ってきてたの。」

「わざわざ?」

「旅行用のカクテルキットってあるのね。大きめのセカンドバッグみたいな。それに小分けしたカクテルの材料と、カンパリのミニチュア瓶が入ってたの。アメリカにいて、長距離移動する時のために買って、今でも使ってるんだって。こういう所でも好きなカクテルが飲めるから便利だって言ってた。それでお茶用のポットのお湯で作てってくれたの」

「へえ。芸が細かいね。でもホットカンパリとはね。」

「温まるからって。」

「そうだね。おいしかった?」

「おいしかった。冷たいソーダのしか知らなかったから最初びっくりしたけど。確かに落ち着く感じ。」

カンパリに媚薬的効果ってあったんだろうかと、昔訳したことのあるカクテルについての文章の記憶を頭の中で探り、ありそうも気がするが、効果てきめんというわけでもないだろうなどとあやふやに自問自答し、その赤い色を思い浮かべ、気分を高めるとしたら、その見た目なのかもしれないと思った。