157. 熱い滴

投稿者: ゆきお

「お、来たね。」

「そうね。」

「どうだった?」

「熱かった。」

「そうだろうね。」

「どんなふうにしたの。最初から教えて。」

絵里は、私の質問にも答えながら淡々と話していった。

素裸のままソファにいた絵里は、カンパリを飲むと、床に仰向けに寝そべるよう指示された。
膝を折り曲げ、自分で足首を抱えて、開脚の姿勢をとらされた。
その姿勢を基本に、がっちりと縄が掛けられた。
股間を指でじらすように軽く愛撫された。
刺激が続くかと思うと、何かのついでだったかのように、あっけないほど簡単に終わった。
その代り、体を一度かかえられるようにして、尻を高くあげた形で、うつぶせにさせられた。
そのまましばらくいると、一度離れた小野寺が、蝋燭を用意する様子が視界の端に見えた。
ライターで火をつける音が聞こえ、しばらくすると、床と同じ高さになった目線からでも見えるように、火のついた蝋燭を近くに持ってきて見せた。
「いいですか」と小野寺が訊き、同意するともなく目を瞑るり、じっとしていると、お尻に蝋燭の熱い滴が落ちてきた。

「分かっているけど、びっくりした。」
「熱いけど、でも、耐えられないほどではない。」
「恐さが熱さを増幅する。そう言われて、あまりびくつかないようにして、しばらくしていると確かに、ものすごく熱いと感じるのには心理的なものもあると分かるのね。」
「あと、叫ぶとますます熱いと言われて、できるだけ声も出さないようにしていると、確かに、痛みの凶暴さは減ってくるの。これ鞭でも同じ。」
「それでも声は出るけど、でも、AVにあるみたいにいまでも死にそうに泣き叫んでいるのは、演技の部分も多いんじゃないかしら。」

私の質問に答えて、そんな言葉が出てきた。

「どんな蝋燭?」

「AVのシーンにあるような、赤くて太い蝋燭。」

「すごいね。」

「色は毒々しいけど、普通の白い蝋燭よりも、プレイ用のこっちのほうが、温度が低くて、熱くないんだって。」

「へえ、そうなんだ。なるほどね。」

私もにわか勉強でその知識は仕入れていたが、絵里と小野寺の会話について彼女からの
情報が聞きたかった。

蝋の滴は左右の尻たぼから、背中に近いほう、そして大腿の裏側にとまんべんなく移動していったという。

「でもやっぱり熱かった。」

一息つくと、体を仰向けにさせられた。

「体の前のほうがずっと怖いのね。」

乳房、乳首に垂らされた滴はお尻のものよりも鋭い痛みを与えた。
内腿、そして下腹部。

「胸もそうだけも、お腹ってすごく怖いの。縛られてると無防備で。」

「最後はあそこだな」

「それだけは勘弁してくれた。初回は刺激が強すぎるだろうということで。」

「初回は…か。またやるということだな。」

「そうかもね。」

絵里の表情や口ぶりから、期待なり恐れなりを読みとろうとするが、何も心の動きを窺わせるものはない。

「そうだろう。」

「そうよね、やっぱり…」

過去を思いやるよな遠くを見るような眼付きがあったあと、グラスに目を落とすと、余計な一 口かなというほどの分量の赤ワイン をごくりと飲んだ。

「気持ち良かった?」

「訊かれると思った。」

「うん、訊いてみた。知りたい。」

「熱くて、あちこち立てつづけに何かに刺されるというか、噛まれてくるようで、それだけで快感ということはないの。ただ…」

「ただ…?」

「ひどく濡れてたの。そっちのほうに意識がいく暇はなかったのに。」

「快感だったんだね。」

「だから、快感感じるどころじゃなかったと言ってるでしょ。」

「でも濡れてた。」

「そう…。」

「見られた?」

「というより、そう指摘されたのよ。」

「だろうね。」

蝋燭が一段落したところで、指が股間に這った。

先程中断したことの続きということになるだろうと私は理解した。

そのとき、先ほどとは比べものにならないくらい濡れていたと、愛撫する指の接触の具合から、指摘されるまでもなく分ったという。

「別の意味で、あそこがひどく熱くなってたの。」

愛撫が続き、指が挿入されると、もう片方の手にとった蝋燭からまた滴が落ちてきた。
巧妙でそして力をも増す指の動き、乳房や下腹部の上に降ってくる熱い滴にわけがわからなくなりながら、そしてひどく乱れながらオーガズムに達したという。

「…」

話を聴いた私自身が、オーガズムの余韻を味わうような沈黙に巻き込まれていた。
絵里も私の言葉を待ち、沈黙が二人の間を支配した。
最初の戯れるような様子が消えていた。

「それから?」
やっと現実に帰るように私が訊いた。

「私、ちょっとおこりがくるような感じになってふるえが止まらくなってしまったの。それでしばらく収まるまで待って、縄を解いてくれて、床にそのまま寝ていることになったのね。それで少し休んだ後、バスルームに行こうということになったんだけど、足腰ががくついてちゃんと歩けないので、そのまま彼が抱えて、それでバスルームに運ばれたの。そこでゆっくりと、蝋を剥してもらった。もうわりとなすがまま。全部きれいに剥すのは大変だった。ほんとは、縛ったまま鞭で叩いて剥すもので、そのつもりだったのだけど、最初からでは刺激が強すぎるようだから、今日はここで…と言われた。」

絵里が「ひどく乱れて」オーガズムに達したその状況の強烈さを、状況の続きを聞き改めて理解した。
絵里は使わなかったが、「半狂乱」という形容をその様子に想像した。

絵里ははっきり言わなかったが、ろうそくの熱の痛による被虐の感覚と、性器での甘いそして強烈な快感とが結ばれる回路ができたのだろうと私は想像した。
それが小野寺の目的であり、これから繰り返されながら、強められていくのだろうことは明らかだった。
そこにはさらに鞭も苦痛と快楽の道具として登場するのだろう

絵里もその予感を持っているだろうということも、私には想像できた。

何度もそのことを思いながら、とうとう会話の中でそのことに触れなかった。
その想像はあまりに生々しく、言葉に出すことの危険性に不安を感じた。
絵里も同じ思いだったろう。

絵里が6回のプレーで新しい性的嗜好を覚えさせられる可能性について、私たちも無頓着だったわけではない。
「病みつきになったらどうする? — どうしよう。でもそれで嬉しいのはきみでしょう。 — 実はそうかな。— せいぜい利用してよ。」
今まで、そんなような軽口は何度か交され、その新しい嗜好を二人のもとに回収するというお互いの了解で私たちは状況を処理してきた。

しかし、このとき初めて、思ったように二人の元に回収できない何ものかの存在が意識されることになった。

その不安なものの存在に、言葉を与えることを二人は共犯的に避けた。
そのことにおいて、二人の間に暗黙の理解が通い、一種の絆ができたといえる。
その親密な絆の存在を、心に染み入るものとして二人が実感したことに私は疑いを持たない。

が、それは一方、まるで摩耗していく言葉の絆をそれ以上の摩耗から守ろうとするかのように、暫定的に生み出された虚構のものであり、絵里の素肌に貼りついた蝋の滴に比べても、あまりにはかない煙のような存在でしかなかったと思い出す。