159. 情報ゲーム

投稿者: ゆきお

「佳美さんも絵里みたいに蝋燭で責められたんだろうか。」

「分からないけど、そうかもね。たぶんそうだわね。同じ人が考えるプレイだから。」

やはり佳美のその画像は、絵里にとって「見せられていないもの」であったようだ。

「蝋燭プレイってさ、点火式とかそういう儀式みたいのがあるの?」

「点火式?」

「これから蝋燭でプレイしますよみたいな。」

「一般的にはどうか分からないけど、この前は私が縛られて寝かされている間に準備していたからそんなのはなかった。」

絵里は結局、赤い爪のエナメルについて何も話題せず、私の誘導にも乗らなかった。
が、私には、もう、蝋燭のプレイにはいる前のどこかの時点で、小野寺の指示で絵里が手と足の爪に真紅のエナメルを塗ったことは確実な事実だった。

絵里の言及の不在の中で、私の憶測だけが広がっていく。
ソファでマッサージを受け、ホットカンパリを飲みリラックスしたところで行なわれたのだろうか…。
それとも、直接に関係なく、ビジネスホテルにいる時間に遡るのだろうか…。
いずれにしても男の目の前でマニュキュアだけでなく、ペディキュアを塗る絵里の姿を想像すると、それは何か今までと違う段階を象徴しているように思えた。

それにてしても、なぜ、絵里はそのことについて口に出さないのだろうか。

というより、私自身、なぜ正面からそのことについて触れなかったのか。

「絵里さ、この前のときの絵里の爪ね…」

そんなふうに何度も言おうとして、結局、思い止まった。

プレイから帰ってきて、そのことに気がついたときにまず言うべきだった。
機会を逃すたびに、逆に、言うべきときに言わなかったことについてこちら側にも疚し思いが増してくる。
言うべきであったとしたら、この蝋燭プレイにつての会話の時が最後の機会だっただろう。

私が率直に切り出していれば、もしかして、絵里もそのエピソードについてやはり率直に話し出していたのかもしれない。
単に私と同じように切り出すタイミングを失っていただけのことなのかもしれない。

しかし、その失われたタイミングの連鎖の中で、蝋燭のプレイと関りのあるであろうこの爪の赤いエナメルの件は、絵里が小野寺と過ごした時間の中にあったことではっきりと私に伏せているものがあるという事実の最初の確証的案件となって根付くことになった。

ここから私は別のゲームに入りこんでいった。

持っている情報の非対称性を利用した絵里との間の情報ゲームである。
そしてそこに邪悪な喜びを見出すようにさえなっていった。
いや、絵里が帰ってきた直後の会話で、私だけが見た画像についてとっさに話をぼやかし、爪の件について絵里にここまで黙っていたのも、そのゲームの味の予感のためだったのだろうと思う。

そのゲームのため、言葉は摩耗するどころか私たちの絆を蝕むものにさえ徐々に変っていった。

ゲームの素材は小野寺によって用意され、私はそれに飛びついた。

このゲームの始まりが、いくつかある私たちの間のポイント・オブ・ノーリターンの一つとして機能したことを考えると、私はこの時、爪に塗られたエナメルという本来なら細部であるはずのものについて口にしなかったこと、結局は小野寺の撒いたものに飛びついたことをを、今でも悔んでいる。

そして私はこのとき、私が勝手に始めたそのゲームの存在を絵里が知り、積極的に参与していく可能性についてまったく想像が及ばなかった。
どの時点からそうしてゲームの規則が変えられていたかについては、今でさえ理解していない。