160. 視点

投稿者: ゆきお

バスルームで蝋をはがされた後、ベッドの上に寝かされそこでしばらく休んだと絵里は語った。

「お姫さまだっこで戻ったの?」

「帰りは自分で歩けたわ。ちょっとふらふらで支えてもらったけど。」

「小野寺もベッドに?」

「私、いつのまにそこで眠ってたの。目が覚めたたら、そしたら隣にいたの。え?もう明け方って、ちょっと慌てたけど、30分もたってなかった。一瞬で熟睡してたみたい。それから、やっぱり彼も疲れてるって、まだ起きなくてそのまま少し休んだ。」

「プレイの続きは?」

「それは休んだあと。」

「ベッドで他に何したの。」

「ほんとにただ休んで、話をしてただけ。」

「セックスもなし?」

「しないわ。ああ…それは、手で胸とか、下のほうとかは話しながらいたずらはされたけど。そんな本気になる感じじゃなくて。」

具体的なプレイよりも、そうした情景の想像に心を乱されるという私の心理を、絵里はもう知っていて事もなげに話しているのだろうか、それともほんとうに知らないのだろうか。

「どのくらい?」

「起きてからまた15分か20分くらいかな。」

そこでどんな話があったのかについて水を向けたが判然としなかった。

「仕事の裏話とか、会社のちょっとしたゴジップとか。」

「そんなところでよく、そんな話するんだね。」

「まあ、両方仕事で関わっているわけだし、人間関係もいろいろあるから。私の会社の内部事情について、私より詳しかったりするのよ。昔から見ているから。」

二重に私の入り込めない世界がそこにできていると感じた。

「ところで、夜中になる前にリンクといっしょに現場写真みたいなの送ってきたろ。あれはどうして?」

その後のプレイの話よりも、実は、もっと私の気になるところだった。

「ああ、それね…。見てのとおりのもの。そんなに大きな意味のもののつもりはなかったのだけど。」

絵里の口調は、どちらかというともうその件にあまり触れたがらず、できれば話を先に進めたい様子だった。

「いや、あんなもの急に送ってくるなんてびっくりしたよ。」

「でも、きみがいちばんほしかったんじゃないの、そういう写真が。それでは充分に期待に応えることはできなかったかもしれないけど。」

「それはそうなんだけど…」

究極的に私の責任だという方向で言われると、私のほうも疚しい気持を消すことはできない。

「ちょっと一悶着にはなったのよ。プレイを再開するときになって。」

「悶着?…もめたってこと?」

「といえば大げさだけど、意見の相違というか…」

「私のほうは、もう写真撮るとか、送るとかいう話は、一件落着で、もう終りにしておいてほしかったのね。」

「…」

「なのに蒸し返されたの。」

「どういうこと?」

「プレイの写真どうしても送りたかったら、顔が分からないとい条件で2、3枚撮って送ってもいいって言い出したの。」

「私としては、もう済んだ話だし、ゆきおくんにももうちゃんとそれはできないとメールを送ってあるし、そもそも附則に反することはできないとは言ったのだけど。ごちゃごちゃ反論されたのよ。」

絵里の口調には自己の独立性をことさらにアピールしているような気配があったが、なぜかもう私には、気心の知れた男女の間の痴話喧嘩を愚痴っているのを聞かされているような感じがした。

「そもそも附則にあることを曲げてほしいと言ったのは私じゃないかとか反論されて。それって、たぶん、私をちくちくからかうためにやってるんだなって途中で分かってきた。」

「知的な言葉責めというやつかい。」

「そうかもね。とにかく、ごちゃごちゃ話した結果、私の態度も結局矛盾だらけのものだったから…だってそうでしょう、最初に彼に頼んだの私…私たちのほうなんだし…いろいろ痛いところを突かれて、本来ならプレイの時間になるものをこの件でずいぶん食ったのは私のイレギュラーな提案のせいだとまで言われて…それで、議論を終りにするために、場所の写真だけ一枚撮って送るということで片を付けたの。それに一枚でも何か今から送っておいたほうが、ゆきおくんも最終的に納得するだろうと言われた。」

絵里は、知的な論理の遊びのキャッチボールの会話に弱い。
それは私たちの間でも一種の娯楽になっているが、小野寺が絵里のそういった性向をよく捉えていると改めて思った。
が、それは別として私が強くひっかかったのは、何か送れば私がより納得するだろうという主旨の話がそこで行われたことだった。
それは先に私に添付ファイル付きのメールを送ったときに説明された論理に含まれていたことでもあり、それが私の心を強く引っ掻いていたが、その再度の確認をここで聞くととなった。
それを改めて想像の中の二人の親密な様子と引き比べると、小野寺に対する苛立ちを見せる絵里の口調にもかかわらず、結局重点は、私に対する対策、言ってみれば「彼氏対策」にあったのではないかという推測を禁じえなかった。
二人の親密な共犯的な話し合いがあり、結果として再度のメールになったのではないか、…そうとまで一瞬のうちに妄想が膨らんだ…「こういうのくらい送っておくといいんじゃないかな」—「そうだわね、じゃあそうするわ。」

「ぼくを納得させるために考えたってわけ?」

「二人で」と付け加えそうになるのを飲み込んだが、妄想をオブラートにくるんだとしても口調には現われる。

「考えたっていうか、彼は、私がそれで納得すると思って言ったんだと思う。」

「で、絵里もそう思って納得したの?」

「私はもう納得するとかどうとかいうより、そんな堂々めぐりの話、早く終らせたかったのよ。それに、私がどう思ったかというより、結局きみが納得する材料になったのは事実じゃない?」

痛いところを突かれた。
絵里からの携帯メールの空のアームチェアの写真を見て、それを撮り、送った彼女の気持ちに思いを馳せ、そこまでやってくれたその努力に心を動かされ、それで十二分だという気持になったのは事実だ。
そして、帰宅直後、「画像の件で期待に添えなくてごめんなさい」と言った絵里に、今のように深くその話題入ることなしに、あの一枚で十分だと感謝したのは私だった。
しかしまた、それだけに却って、それが二人の私に対する対策だったのかもしれないという視点を持ってしまうと、そのときのその思いが苦いものになるのだった。
その一方で、5週間もたっていないのに、あの時の気持になれない自分に、むしろ疚しさを感じた。
事は済んでいるはずで、結局はそれは私の中て起った視点の変化だった。
そうした視点の変化について私は、自分が勝手に妄想を先走しらせているということに自戒すべきだったのか、それとも切り替えのための洞察をもっと早くに磨かなければいけなかったのか。

いずれにしても、この件で絵里を追い詰めるのは、あの時のようにますます絵里を向こう側に追いやることだと私は感じとっていた。
執着すべきではない。
ポイントだけ確認して、この話題に関する会話を切り上げようと思った。