161. 視線

投稿者: ゆきお

「それでアームチェアの写真を撮ったわけだ。それってプレイに関係あるんだよね。」

「そうよ。」

「そこでプレイしたということだね。それ話してくれる。」

「ねえ、そろそろ寝て明日にしない?疲れちゃったし、もう遅いから。」

確かにもう1時を回っていた。
そして私の精神も飽和していた。
今のところはこのあたりで話を切り上げておきたいというのは私の気持でもあった。

……

翌日、二人とも、後に続く話の重みを意識してけ、いざとなるとなかなかすぐにその話に入れないでいた。

「その、アームチェアの写真だけどさ、そこでのプレイの前?後?」

私のほうから切り出すことになったのは、すでにワインの杯をかなり重ね、ボトルの残りもあと三分の一ほどになって、ほろ酔いで気がほぐれてきたころだった。

「前。どちらか選べてと言われて前にしたの。」

「決断早いね。」

「やるなら早いほうがいいし。汚しちゃったら嫌だから。」

「ああ…」

佳美の同種の写真の中でその股間から垂れたものがアームチェアのシートを滑るように光らせていた光景を思い出した。
絵里もそれを見て意識していたのか、いや、絵里が最初のプレイからこのアームチェアで拘束されての責めについて語っていたことを思い出し、その事態を直感する経験の重みがそこにあるのだと納得した。

素裸で携帯を構える絵里、そのちぐはぐな姿が妙にエロチックなものとして脳裏に浮かんだ。

「素っ裸でそんなとこ真剣に携帯で写メしてるのって妙にソソるなあ」

「…素っ裸じゃなかったよ。」

「え?」

「その前にハーネスをさせられて。」

「ハーネス?」

「全身のベルトよ。革の。2回目の前に作ってあった。」

「ああ、それね。」

Harnessという英語が思い浮かべば何のことだかはすぐ分かる。
小野寺との関係で増えていく絵里の語彙に、とりあえず自分の英語の語彙力でついていけたことが私の虚しいいような最後のプライドの守りとなった。

「次のプレイの準備ということで、まっさきにしたのがそれだったのよ。それで、そんな格好になってから、写メの話が持ち出されたから、フェアじゃないとむっとしたわけ。」

「…」

先ほどの議論の中での自己主張的な態度を強調する絵里の口ぶりにはそんな背景があったのかと、その時理解できた。

そうした文脈に置き直してみると、二人の「共犯関係」の匂いを感じとり変化した私の視点も、また新たな微妙なニュアンスによる変更を要求される。
支配する者と支配される者の立場が物理的にはっきりさせられている状況の中での二人の男女の知的な論戦はどういう意味合いを持ち、どういう感情を絵里のような女性に起こさせるものなのだろうか。
しかしもう、不確かな心理的憶測を重ねに重ねた私の思考にはそのニュアンスをうまく掴みとることは能わず、何かもやっとしたものが心中に残っただけだった。

「とにかく、それでこれからのプレイの場所というものを撮って送ったわけね。」

「そういうこと。」

その時に気持について知りたいのはやまやまだったが、その辺りの話はもう、ほどほどに流そうと決めた。

「リンクは?」

「私が写真を撮ってきみにメール書いている間、何か準備していると思ったら、それだったのね。私がきみに写真を送ったあとに、リンクのメールがきたの。それとパスと。」

「なんのリンクだが分ってたの?」

「佳美さんの記録というのは見てたから分かったわ。でも、君が見たときは動画が足されてたんでしょ。追加の動画もそれまでにアップしてたんでしょうね。それは知らなかった。」

「ああ、短かかったし、スライドと同じようなものだったけどね。」

やはり絵里は充実した2ページめの存在についはは知らされていないようだった。
そして私はここではっきり意識して自分の情報戦の材料にそれを取っておくことになった。
幸いなことに、私の注意深く装った無関心のおかげか、絵里はこの話題につっこんでこなかった。

「それで、メール送ったらプレイが始まったというわけね。」

「そうよ。」

「そのアームチェアで。」

「そう。」

「どんなことを…」

「これ、はじめてじゃなくて毎回よね。前のやりかたはだいたい説明したと思うけど、一通り定番みたいなもの。」

「定番か…。」
苦笑するしかなかった。

「拘束して刺激するんだな。」

「そうよ。」

「何で?」

「指とディルド、それに鞭」

「バイブは?」

「だから、言ったと思うけど一晩の間一度もなし。鞄に持ってもいなかったんじゃない。」

「鞭も刺激なのかい。」

「そう言ったのは彼。確かに痛いの手前くらいで止めてた。バラ鞭。」

「どこ?」

「胸と内腿」

指やバイブや鞭による刺激…それらがどんなふうに展開して行為が行われたかについて訊く気力は私にはもうなかった。

「いった?」

「それはそうよ。最初のときからそうだって言ったよね。だってそのためにやっていて、そのためのテクニックを駆使しているんだから、よほど不感症じゃない限りどんな女の人だって。」

佳美の写真とともに、女性をそうやって固定して半狂乱にいかせるAVのジャンルのものを私は思い浮べていた。
1回目のプレイでそういった状況の絵里から聞いた後、その種のものをいっそうの興奮とともに私は見るようになっていた。

「定番っていうけど、今回初めての変ったことは?」

「ああ…ニップルクランプ…」

「前もあったよね。」

「そうなんだけど、今回はアームチェアに座らされたいちばん最初から、それを挟またの。そしてずっと。」

「痛かった。」

「最初はこのくらいだいじょうぶと思うんだけど、途中からどんどん痛みが増してくるの。今回は、だから、最初からだから長かった。それに蝋燭の後だし。」

「それも刺激ということだね…。」

「そうね…それ以上…。何て言ったらいいか分からないけど。」

「…」

直接の言葉で伝えられる限界が来ていると私も思った。

「それから?」

「そこでしばらくぐったりした後に、また、吊られるようにされたの…」

私と絵里のここからの語りはたんたんと進み、凡そ事実確認のような趣きを呈していった…。
ニップルクランプに取り付けられた鈴、ラビアのクランプと鈴、その股間を刺激する鞭、鞭の後の立ちバック…。
そして、絵里は控え目にしか語らなかったが、何度もの絶頂。
私は、自分だけが見た佳美の動画についての情報をもとに話を向け、絵里は見事に私の予見どおりの状況を報告していった。
もう詳しい説明を求める必要はなく、脳裏に焼き付いている佳美のビデオのイメージで細部を埋めていった。

本来ならそこで埋められない絵里の心理的なものがほんとうに聞きたいところだった。
しかし、表面上はなにげない会話の底には、お互いの心理的な疲弊感が漂っており、私のほうからもうそれを越えて踏み込むことはできなかった。
そしてとにかく残り限られた時間で前回のプレイについての話を終らせようということに二人の共同作業が向いていた。

絵里が話した中で、私だけが知る佳美の動画の記録との一つの相違は、吊られた後、途中からずっと箝口具がされていたことだ。
声を凝らえろと命じられ、そしてなおかつ、ボールギャグのタイプのものを嵌められたという。

「声を我慢して、そして出そうと思っても出せないと、痛みとかそういうのが、怖がっていたものより静かなものになるというのは、言われた確かにそうなんだけど、外に出せない代りに体の内に込もっていく感じなの。クランプから来るのも鞭からのも。あと恥かしいのはどんどんよだれが出ても止めらないことね。」

絵里にしては珍しく、この時の語りの中で、心理的な感想を語ったのは、よほど印象深かった経験だったのだろうと思った。

ただでさせ壮絶だった佳美の映像にさらに凄みが加わり、それに目の前の絵里を重ねると、こちらも眩暈がする思いだった。

空想に止まる私の時間を振り解くように絵里の話は先を急ぎまとめにかかった。
花弁のクランプが外された後、相変らず手を上に上げたまま半吊で中腰になった状態で、腰を抱えられた立ちバックによる一方的な交合が長い時間続き、自分の胸を噛むで踊る鈴の音が遠くに聞こえるほど朦朧とした中ですべてが終わり、一切の拘束を解かれてベッドに横たえられたのは、後から訊くと午前3時を過ぎていたという。

「それは辛かったね。」

「辛かった…」

他に言葉もなく私は、いつの間にワイングラスのほうに落した視線を改めて上げ、絵里を見ながら思わず言っていた。
絵里もその視線に気づき、私の目をじっと見返しながら呟いた。
その声は、先程までのリラックスとは打って変って、話の最後のスパートの緊張のせいか、くぐもりかすれたものになっていた。
言葉が出たあとも二人の視線はとどまったままだった。

絵里の目はあきらかにうるんでいた。
妖しくうるんでいた…と感じるほかなかった。
「辛かった」だけなのか…?

私の目に注がれるその視線は、私という人間をとらえていたのか、私の心の中を覗きこもうとしていたのか、それとも遠くあちらがわの記憶の情景に向かっていたのか…。
その時も、今も、そしてこれからもそれに確実な答を与えることは私にはできないだろうと思う。

いや、そもそもそうした思いに苛まされる私でさえ、その視線は、絵里の表情の向こうに、想像の向こうの世界の絵里の姿を重ねていた。
それが答のいちばんの手掛かりなのかもしれない。