167. 小荷物

投稿者: ゆきお

絵里の報告は、3回目のプレイの内容を結局は出発の前々日まで持ち越し、フィナーレとしたが、それより前に語られた、プレイが終ってから帰りの飛行機に乗るまでの顛末について、ここでも書いておくことは、この先に起きていくことを理解するためにも有用だろう。

恐らくは3時過ぎに終った3回目のプレイのあと、崩れ落ちるような意識でいったん休んだあと、自分のホテルに抱えられるように連れら、休んだのは朝の5時ごろになっていたという。
それから目覚しで10時過ぎにいったん目覚めたが、二度寝し、小野寺からの部屋への電話、訪問で寝過してしまったことに気づいた後の、飛行機のどたばたについての話は、改めて少し詳しく語られたが、大筋において帰ってきた日に手短に述べたのと同じだったが、少しばかりややこしい細部があった。

飛行機の切符の手配が終ると、昼食を二人で、ホテルの近くのファミレスであわただしくとった。
ほんとはもう少しちゃんとしたところで…と、小野寺は申し訳ながったが、彼には30分ほどしか時間が残されていなかった。
その後、一人でホテルに戻り、遅くしてもらったチェックアウトのために、パッキングをする段階になって、はたとやっかいなものに気がついた。
昨夜着ていたワンピース、ランジェリー、靴がクローゼットにきちんと整理してあった。
明け方帰ったとき、化粧を落すのがせいいっぱいで、ほとんど脱ぎ散らかすようにしたままの記憶しかなかったが、いったん目覚めたときにはすでに、クローゼットに収まっていた。
小野寺の手をわずらわせた、と思った。

朝、ホテルを出るときそれらを横目で見ながら、帰宅のために元々の自分の服を着たとき、それらの服は気になりはしたが、帰り支度をするとなると、思いのほかやっかいな荷物であることに気がついた。

「ねえ、絵里のその買ってもらったという服や下着とか、持って帰ってきてないの? 見たいな。」

「まさか。向こうに渡してきたわよ。」

それは、ハーネスについてのときと同様の絵里の態度で、この細部は、そんな質問をきっかけとして、繰り出されてくることになったものである。

「確かに、持って帰ろうかと思って何度も迷ったけど、どうしてもいやだったのよ。それをキャリーにつめて東京に帰ってくるとか考えると。」

「へえ…。」

「ぼくは気にしないな。」

「私は嫌。」

「ふうん。で、どうしたの?」

「まず、ショーツを洗った。」

「チェックアウトまで乾かないよね。」

「しょうがないから全部でなくて、とにかく洗わないといけないとこを洗った。」

絵里は真顔で言ったが、その意味やその時の行為を想像すると苦笑する。

乾いたタオルを総動員し、ドライヤーを活躍させて、とにかく格好がつくくらいにはなった。
ブラやガーターベルト、ストッキングなどを含めて全体的に洗うのはあきらめたという。

「小野寺に返すため?」

「そう、その状態でしょうがいないから。だけど、返す方法がね、ちょっと面倒だった。どうしたらいいか決めるのに。」

「だね。」

「彼は取引先との約束でスケジュールが塞がっているから、会って渡せない。ホテルのフロントに預けて帰るとか、管理人さんがいれば小野寺さんの事務所に寄るとか、宅配便で送るとかいろいろ考えたけど、どちらにしも、これだけ別にしようと思ったの。ただ、買い物したときのブランドの紙袋だと、いかにも着るものという感じで、具合悪いから、近くのコンビニであたりさわりがなくて頑丈そうな手頃な大きさのショッピングバッグと紙とか買って、梱包してそれに入れたのよ。」

「それで?」

「どうやって向こうの手に渡るのがいいか、聞こうととりあえず、メールしたら、しばらくして電話があったの。返すことは不必要だけどと何度も念を押されて、もしどうしてもというならと。ホテルのフロントでの受け渡しは日を越してめんどうだし、事務所は避けたい。送るのもいいけど、会社宛てだと自分宛てでも社員が開封することがある。いちばん確実で、人に知られる度合いが少ないのは、えみちゃんに会って渡すことだと言われたの。えみちゃんがどうせ昼過ぎに時間あるというし、私のこと気に入ってまた会いたがっていたから、ちょうど飛行機までの空いた時間のひまつぶしにお茶でもしたらどうか。東京からのお土産を小野寺に渡し忘れた、とか何とか適当に言えば、何も詮索しないで引き取ってくれるからと。」

「で?」

「そうしたわ。メアドと電話番号教えていいかというから、OKしたら、すぐえみちゃんから電話があったのよ。」

「それで会ったんだ。」

「そう。街中でお茶したの。」

「あの日、午後は一人で散歩したって言わなかった。」

「基本的にはそうよ。えみちゃんとは30分くらい。あと、いろいろ面白そうなところ教えてくれて、それで一人でまわったの。カマンベールのチーズケーキの店もその時教えてくれた。」

「荷物は何と言って渡したの。」

「小野寺さんに昨日渡すの忘れてしまったので、すみません、よろしくお願いしますって。面倒だから土産とかなんとかも言わなかった。」

「何か訊かれた?」

「もちろん何も訊かれないわ。」

「何かいろいろ知っているよね。たぶん。」

「そうでしょうね。だから、土産とかなんとか逆に見え透いた感じがしてわざとらしいから言わなかった。」

「前の夜の話とか、小野寺の話とか出た?」

「なんにも。昨日はどうもありがとうございました…だけ。お店の人としてね。あとは、街のスポットと前の晩の続きのような東京の話だけ。」

「逆にいろいろと話を飲み込んでいるからだね。あやしいね。」

「そうでしょうけど、もう何かは感じているわけだし、こちらから話さなくていいし、面倒くさくなくて、楽といえば楽。それに、話してて分かるけど、彼女、話しが楽しくて、だけど上っついたところがなくて、すごく感性がまともないい子。なにかふんわかした思いやりみたいなのを感じるのよね。ちょっと蔭がありそうなところもあるけど。」

「へえ、容姿とかどんな感じ?どんな格好だったの、その時。」

「あれ?えみちゃんに興味あるの。」

「ていうか、絵里も気にいっているみたいだから、どんな感じの子なのかなと。」

「背丈は私と同じくらい。前の日と違ってその日はジーンズにセーターで、それだと、けっこうスポーティーな感じで、ちょっと中性的なという雰囲気もあるけど、胸がきれいで、ああいうところにつとめてるからかしら、顔だちとかむちっと色気があって、そのアンバランスというか変なバランスが、不思議な雰囲気で魅力的。」

普通なら別の世界に属しているはずの女性二人の、私の見知らぬ土地での女子トーク。
それは私の想像力を妙に刺激した。
そして、なにげない会話の場に、鍵のように置かれている秘密の封じ込められた小荷物。
封じこめられた先の世界、その世界に関する知識について、二人の女性の間に腹のさぐりあいのような憶測というものがなかったわけはないだろう。

「空港までハイヤーのほかに親しい人を見送りをつけてあげようと言われて、断わったって言ったよね。それえみのことじゃなかったの。」

「それは違うの。えみちゃんだったら、OKしたかもしれない。彼女は夕方からお店の準備があるということで、見送りしたいけどできなくてごめんなさいって、自分から私に言ったの。今度いつ来ると言われて、月一くらいの出張でまた来るって返事したら、喜んでた。」

その後、一人で散歩し土産を買い、ホテルに戻りフロントに預けた自分のキャリーを引き取って、ホテルに差し回されたハイヤーで空港へ向かったというのは、前に説明されたとおりだった。

買ってもらった衣服と下着についての質問から明らかになったこのエピソードの中で絵里が語る、前日に会ったばかりのえみに対する信頼度はいさかか度を越しているようにも思えたが、絵里の直感を信じ何もコメントしなかった。
契約書の補足をめぐる秘密保持についての議論の中で出てきた「えみちゃんも若いけどしっかりしてるし。」という彼女の言葉は、その信頼を再確認したものだった。
見知らぬ土地で知る人間は小野寺一人のみという心細さから、同性の人間とのつながりに安心感を求めてのことなのか、それともこれ自体、小野寺の作っている世界への信頼感が強くなったことの表れなのか。
少なくとも、絵里が、私の知らない小野寺の領域に、自ら私的な人間関係を築きはじめているということは確かだった。