175. Eri’s Diary

投稿者: ゆきお

サイトのコンタクト欄が mailto: のリンクでメーラーが開くことはままある話で、それ自体は驚くべきことではないが、このときはさすがにうろたえた。
送信先と送信元の自分のアドレスが入力されたメーラーのウィンドウが生々しいものに見える。
このまま送信ボタンを押せば、ノーサブジェクトの警告が出るにしても、ともかく少しのステップでメールを送ることができるのだ。

今何か書いて送ればすぐに届くのか。
絵里とのプレイを行っている現場に。
それを待っているのか。
何に誘いをかけているのか。

何も分からない。

身構えた。
あらぬ想像が頭を駆け巡った。
私がとれる最悪の選択は、絵里とのことを尋ねたり、写真や動画を直接要求することだろう。
何も反応しないのが賢明だと結論した。
そしてそそくさとメーラーを閉じた。

このメールアドレスをどうするべきか。

何も見なかったことにして永遠に葬りさるべきか。

迷ったが、記録しておこうという誘惑にまけた。
万一のときのため…。
しかし、その万一とは何か。
彼に連絡する時が来るのか。
いや、絵里に何か事故など不測の事態が推測されるような帰宅の遅れということだってあるかもしれない、そんな時のために連絡先を持っているのは悪いことではない。
自分でも言い訳に過ぎないことを言いきかせながらアドレスだけは記録することにした。

PCのアドレス帳に登録するのは気がひけた。
アドレスをコピペしてメモファイルを作りセーブした。

これで小野寺にこちらから連絡しようと思えばいつでもできる状態となった。
そのことだけで罠に嵌ったような気分になったが、向こうはすでに会社のホームページで存在を公開しており、もともと少しの努力でコンタクトできることになっている以上、メールアドレスを今保存することで大きく何かが違うわけではないと自分に言い訳した。

そのテキストファイルを、以前絵里経由で送られてきた6枚の画像を収めたフォルダーに保存した。
先ほどのスクリーンショットの画像もそこへ整理する。

フォルダーの中で画像を推測の時系列に並べ換えていると、ふと、私自身、これまでのさまざまな情報を時系列で整理しながら記録しておくべだと感じた。

そして第1回目のプレーの日付、絵里からの報告をワープロファイルに整理しはじめた。
日付、飛行機の便、ホテル、プレイについての絵里の報告のメモ。

はじめると、その間の絵里言動で思い出されること、絵里のメールの文言などを埋めて行こうという欲が出てきた。

たくさんのことがすでにあった。
そして2ページほど書いたところで、もうすでに膨大な情報があり、整理しきれないと分った。

そこで、仕事の管理に以前使っていた日記アプリを思い出し、立ち上げてそれに情報を入れることにした。
1年ほど仕事用には別のアプリに移行していて、こちらは要らなくなっていたのでちょうどよかったと思った。
実を言うと仕事管理用のアプリで新たにプロジェクトファイルを作れば、それに記録することもできたのが、同じアプリ、似た画面を相手にするのはさすがに気がひけた。

日記名 Eri’s Diary。

日記アプリで日付ごとに情報を埋めていく。
絵里にこの話を切り出された日付に戻りメモ。
絵里からのメール、私からのメールをコピペしていく。

契約書をスキャンしたものを日記の項の添付ファイルに。

今回を含めて4回のプレーの日付けのところに、すでにワープロで書いていた事実関係の情報を入れ骨格とする。
そして、前回と今回得た佳美の画像を添付。

書かれた記録がないものは記憶を探る。
私はプライヴェートな日記はつけていない。
しかし、仕事の記録を見て、諸々の出来事や物思いがあったとき、どの仕事のどの部分を訳していたかが思い出されるとほとんど正確にその日付を埋めることができた。
一種の職業病だ。

0時をとうに回って、その日記にどんどん没入していった。
あらゆることを細大漏らさず、記録しようとした。
その熱中は、今プレイを行っているであろう二人の幻影を、小野寺にメールを書こうと思えば書けるという事実からの誘いかけを追い払うことでもあった。

それから何年かたって、私が絵里との間に起きたことからこうして物語を書くのに、その日記が役に立つようになるとはその時の私は知る由もない。

一方、こうして日記を記録することが、苦い思いをしながら止められない私の習慣となり、そして、これから起きることにいっそう私をひきずり込んでいくのに気づくには、たいした日数を経る必要はなかった。