176. お揃い

投稿者: ゆきお

新しい日記の作成は朝5時ごろになっても終らず、仮眠するような気持ちで眠りに落ち、眼が醒めたら午前10時を過ぎていた。
佳美の記録のサイトはもう入れなくなっていた。
匿名の小さな公開ブログ以外は、他のリンクも切れていた。

のろのろと、コーヒーを入れるなどして、日記の作業の後を続ける。

簡単な昼食を挟んで、一段落つけた。
記憶の中から細部を付け加えていく作業はきりがないし、考えすぎるのも客観性を欠くものになる。
それに、本業もあるので、それにかかりきりになっているわけにはいかない。

一時間ほど仕事をして、少し集中力が落ちてきたなと思ったころ、絵里からの携帯メールが着信した。

帰宅予定どおり。
これから搭乗するね。
あとで。

アクシデントで飛行機に乗り遅れた前回は別として絵里が、その前の2回のいずれも帰りの便に乗ることも予告することはなかった。
前回のときも、空港に向かうという報告しかしていない。
あちらにいる時に私にコンタクトすることをできるだけ避けているように思っていたので、今までの習慣から言えば特に必要のないメールは意外だった。

どういう気分の変化だろう…。
深い詮索はやめ、事態に慣れてきたのだろうか…というような感慨に留めておいた。

逆にいつものように、到着してからのメッセージはなく、予想したのよりも早くドアを開けて戻ってきた。
そういえばタクシーで来るのだった。

「ただいま。」

「早かったね。」

「道ぜんぜん込んでなくて。」

普段の仕事の帰りと何変らぬてきぱきした調子で、自分の部屋に戻り、スプリングコートを脱ぎ荷物を置いて、すぐにリビングに戻ってくる。

以外に元気そうだ、と思った。
前回の様子と比べてしまうからかもしれないが。

手に包みが二つ。

「おみやげ。」

一つは海産物のセットで私に見せて冷蔵庫に入れたあと、もう一つはベリージュースだと言ってダイニングテーブルに置いたと。

「試飲したけど美味しかったから。飲む?」

「うん。」

タンブラーに氷を入れ瓶の原液を注ぎ、冷蔵庫の冷水で希釈すると私に一つ渡し、軽く乾杯のしぐさをし、寄り添うように私に軽くキスすると、するりとソファーのほうに行きくつろいで座った。
私もグラスを持ったままソファーの彼女の正面にまわって座る。

いつものように、ぎこちない手持ちぶさたの間が訪れる。

彼女の姿を見て、口を開いた。

「スポーティーだね、帰りは。」

「なんとなく…身軽に…気晴らししたくって。」

言葉とは裏腹に、何か迷いを含むようなぎこちない言いかただった。

それにしても、ジーンズで帰ってくるとは新鮮だった。
ジーンズといっても見覚えのあるデザインものでおしゃれだ。

旅行に行くとき、出張で着る機会がないとわかっているときでも絵里はキャリーの中にいつもジーンズとTシャツを一組入れている。
一度台風に出会って暴風の中をスカートスーツで歩かないといけない羽目になりひどいめにあって以来の習慣と経緯を知っているので、不思議はなかった。
が、小野寺に気を使って行き帰りもフェミニンな装に徐々にシフトいっていたのを見ていた私は、それとどうつりあいが取れるのだろうとややいぶかった。
彼の趣味でそうなったのか。

コメントにそんな詮索から来る皮肉な調子が響いてなければよいと思った。

「セーター、新しいね。」

「うん。買ったの。」

「向こうで?」

「そう。」

そのデザインがいつもの絵里の趣味とは微妙に違う感じがした。

縦織になった白の春物のニットのセーターで身体にぴったりフィットしている。
それだけでなく、全体に金ラメがまぶされ、丸いフェミニンな襟刳りに金糸の刺繍のあるデザインは、時代遅れのブランドものか、中年女性向けの洋品店の店先にぶらさがっているような、値段の割に安っぽい趣味に見えるというような、絵里が手を出す類いのものとはあまり思えなかったが、こうして絵里が着ると、いつもの絵里とは違いながら、新鮮な魅力を醸し出している。
そこから形よく盛り上がった胸が眩しい。

視線がどうしても胸元に集中してしまう。
そして、これも小野寺の趣味なのだろうかという思いが巡った。

そんな私の心の動きを察するように、絵里が言った。

「これね、えみちゃんの見立てで、お揃いなの。」

「えみちゃん?」

「いっしょに買い物したの?」

「そう。」

「話は長くなるから、少しゆっくりしたら後で話すね。」

何があったか好奇心がいやましになったが、いつものことだがプレイについて帰ったその日に話が聴けることはもともと期待していなかったし、その買い物の話だけでも聴ければ、あちらでどうだったかの手掛かりが得られると思い、絵里がその気なら急ぐことはないと思った。