177. 読書

投稿者: ゆきお

夕食について何か考えているかと尋ねられた。
絵里の意向を訊こうと思って、何もまだしていない、まだ時間があるからこれから買い物に行くのはどうか、もし疲れているなら私一人で行ってくると答えると、絵里は外に食べに行こうと提案した。

「ぼくは構わないけど、疲れてない?」

「だいじょうぶ。せっかくの残り少ない週末だもの。」

「そうだね。」

どういう風の吹き回しだろう。

もっとも、なにやらぎこちない雰囲気のままずっと家に2人でいるのも気が滅入ることには違いなかった。

まだ5時で、時間があり6時すぎまで出るのを待とうということになった。

私は仕事に戻り、絵里は空港で買った本を読みたいということでソファで読書を続けた。
題名を聞くと、カバーを外しタイトルを見せてくれた。
御当地ものの軽いミステリーだ。
私と違い絵里はミステリーファンでそれ自体は珍らしくはないが、なぜ東京に戻って読むのにまで、あちらの御当地ものを選ぶのか少し気に障った。
もっとも、空港で買ったというなら自然な選択だろうし、もう何度も行っていて土地勘のある場所になったのならそこを舞台した小説はたしかに親しみやすく面白いだろう。
それに、旅行に行くたびに、帰りの電車や飛行機でその土地にゆかりの小説、とくにミステリーを読むのは絵里の昔からの習慣だった。
そういえば過去3回はそれをしていた気配がない。
今回、あちらへの行き来に慣れた証拠でもあるのかと思った。

私のほうは書斎に行き仕事にとりかかる。

30分くらいして、ひとかたまりの部分の訳が終り、キッチンに先ほどジュースの追加をもとめて行こうと思い書斎のドアを開けると、ちょうど見える角度になったところのソファにいる絵里の姿に思わず眼をやった。

いつものように横顔が見える。
が、読書をしているはずの人間としては何か不自然なものがその表情に感じられどきりとした。
開けかけたドアを大きく開けて外に踏み出せず、思わず絵里の姿を盗み見るようなかっこうになった。

本を開いているが、その視線は本を持った手より上のほうに気怠るく向けけられている。
しばらく観察していたが、頁をめくることはなく、活字はまったく眼中にないようだった。

やはり疲れているのか…。

しかし、それは疲れて呆けている様子とも違っているように見受けられた。

ときどき寂しげに瞬きし、喉もとや口もとは時々微妙に動いて、心の中に何か心配ごとを抱えて、物思いふける人を思わせた。

何を考えているのか…。
本の中に絵里の心に突き刺さるような何かがあったのだろうか。
いや、そんなことではなく、私に何をどう言おうか悩んでいるのだろうか。

盗みみるように観察を続けるのも悪いと思い、いったんひっこんでわざと物音を立てるようにドアを開いた。

横目で窺う絵里の姿にはっとするような動きがあった。
ジュースのおかわりを持って、ソファのところに行くと、絵里は開いた本に眼を落していたが、頁は先ほど帰って読みはじめたときに見た三分の一あたりのところからほとんど進んでいなかった。