178. 変わった子

投稿者: ゆきお

「それでね…」

絵里があちらでのことについて口を開いたのは、ワインのボトルか三分の一ほど開いたころになってからだった。

二人のスツールの間に挟まれた背の高い小さな丸いテーブルの上には片付けられないタパスの皿がいくつか乗っていた。
駅近くの商店街にあるスペインバルで、コスパがいいので、日曜も賑わっていて、いつものように人手が足りない。

外で食事しようと言われ、落ち着ける雰囲気のビストロや、しっとりとした和食の店などを思い提案したが、絵里はもうちょっとカジュアルなところがいいと主張し、このスペインバルとなった。

彼女の持ち出したスペインバルのアイディアに私が、

「もうちょっと落ち着けるとこのほうがいいんじゃないの?疲れているみたいだし。」

と異論を唱えると、

「こんなかっこうだし」と自分のジーンズを指して言う。

「なんか、賑やかにわさわさしたほうがいいかな。週末気分。それに、パエリアとかも食べたいし。」

二人のやりとりで決めた形にはなっているが、最後の強引さから見ると、最初からピンポイントでそこを考えていたのかもしれない。

たしかに静かな店のほうが気詰まりということはあるだろう。
むしろこういう場所のほうが、会話に傍耳を立てられることもない。

現に、他のテーブルでは客はみな勢いよくめいめいの話に没頭し、孤立した一角にある私たちのテーブルでは、少しうるさいことをを除けば、顔を近寄せれば気兼ねなくきわどい話もできた。

場の雰囲気もあってか、先ほど家のソファで本を読んでいたときの様子とはうってかわり、まったく疲れを見せない快活なハイテンションで雑多な事柄について話をしていたところから、「それでね…」と口に出したとき、神妙に話題を切り換えるような響きがあって、私も身構えた。

「それで?」

「今日はね、午前中、わりに早い時間からずっとえみちゃんとデート」

「彼は」

「用事があるということでいっしょじゃなかった。ずっとえみちゃんと2人だけ。」

小野寺の不在について言いかたに含みのようなもの感じられたが、いかなる経緯からについては敢えて詮索しないことにした。

そういえば前回帰りが遅れたとき、衣服の荷物受け渡しのためにえみとお茶したと言っていた。
だいぶ気があったという話も。
そして、絵里の話の中に出てきたジーンズにセーターだったというえみの姿も思い浮かんだ。

「へえ。どこへ行ったの。」

「だいたいはウィンドウ・ショッピングね。」

「えみちゃんって、どんな子?タレントで言うと誰似?」

「そうね…」

その質問には直接答えず突然言った。

「写メ見る?」

「え、写真あるの。」

「ある。見たいんだったら。」

「見たい。」

絵里がこちらに向けた携帯の画面の中に二人の女性の自撮りのツーショットがあった。
写しているのはえみらしい。

「綺麗な子だね。」

絵里と背格好は同じだが、髪はもっとロングで、ゆるくきれいなウェーブで整えられている。
卵型の輪郭にシャープな頬骨の、典型的な美人タイプの顔だが、ふっくらとした頬がそこに愛らしさを加えている。
念入りな化粧で整えられた顔というのが、並んだ絵里と比べると印象がはっきりする。
細くきれいにととのえられた眉、目のまわりや化粧はくっきりしていて、唇は肉感的ぶっくりしている。

並んだ写真を見て、なるほど「お揃い」だと思った。
二人ともジーンズに、似たような白のニットの春物セーター。
セーターは完全に同じデザインのものではないが、スタイルが似ている。
違うのは絵里のほうのネックの金の刺繍が控え目なのに対し、えみのは銀のスパンコールが襟口を縁取りさらに胸元にかけて配されており、派手というよりは、なるほど夜の勤めをしている女性のセンスだなと思わせるものがあった。

「君のセーターはまたどうして?」

「ジーンズに合わせるのに長袖のTシャツしかもっていなくて、ちょっと寒かったから一枚必要になったのよ。で、えみちゃんと行った店で、えみちゃんと店員さんが絶対私に似合うからと薦めてくれた。最初私の趣味じゃないと思ったけど、気分転換にいいかなと。それに、試着したらお揃いふうになってえみちゃんすごく喜んでくれたから、がっかりさせるのも悪いと思って。店員さんに姉妹みたいと言われちゃった。」

「言われてみればそうだね。」

「で、実はえみちゃんって…」

「実は?」

「実は、ちょっと変った子なのね…」

少し声を落として言い淀ん だ口調が好奇心を刺激する。

その瞬間、写メを見たあと卓上に置いてあった携帯の着信ランプが光った。
続いてないところを見るとメールらしい。

絵里は緊張した顔でさっと携帯を取り上げて開いた。
メールを読んだあとしばらく画面を見つめている。
考え込むような表情となり、私に何か言いたそうだ。

小野寺からなのだろうか? そう思う私の心を読んだように

「その、えみちゃんからよ。私たちの会話が届いて、くしゃみでもしたのかしらね。」

私の疑いの機先を制するように、携帯の画面を私のほうに向けてメッセージを見せた。

今日は絵里さんと前より長くごいっしょできてうれしかったです。
お昼、ごちそうさまでした。すごくおいしかったです。
私はもう店です。
ひまなのでメールしちゃいました。
いまごろは家ですか?
ゆっくりお休みになってくださいね。
またお会いできるとうれしいです。

素朴だが、素直で礼儀正しく、好感のもてる文面だ。
ところどころに絵文字を入れてあるのも、ほっこりさせる。

「お昼ごちそうしたの?」

「そうよ、いろいろ案内してくれて悪いから。」

「返事しとくわね。」携帯を手元に戻した絵里は、手際よくメールを打ちはじめる。

えみは小野寺に言われて、彼が相手できない代理としてよこされたのだろうか、絵里がメールを打つ間そんなことを考える。
もしかしたらそのセーターのセンスも小野寺の指示を受けてのものなのだろうか。

「えみと小野寺って男女関係あるのかな。」

このあたりは割とフランクに訊けた。

「ん…そのへんは…」

「絵里はどう思う。」

「あのね、えみちゃんって、さっきの話だけど、かなり変った子なの。」

「どう変ってるのさ。」

「普通の女の子じゃないというか。」

「普通の子じゃないって…例えば女王様とか。」
わざと声をひそめて言ってみる。
冗談めかして言ってみたが、小野寺がなにかしかけてくるとしたら、あり得る話ではある。

「そうじゃなくって…あのね…えっと、えみちゃんって、もともとは女性じゃなかったの。」

「ええ…!?」