180. 柔らぎ

投稿者: ゆきお

絵里の明らかな不自然な情緒起伏の状態は翌日も続いた。
月、火と残業で3時間ほど定時より帰宅が遅かった。
それもあってか、帰ってからの食事の時間もそっけなく、気分のほぐれないまま、忙しい日常をどうにか過しているという感じになった。

このままこれがずっと続くのは気が滅入ると思っていたら、翌日水曜日には普通に戻っていた。
その日本来なら祝日で、休日出勤ということだったのだが、それもあるのか定時退社で戻ってきた。
そして帰ってきたときの表情は明るく、いっしょにいるときも、何より自然な笑顔と、無理しない上機嫌が戻ってきていた。
仕事の懸案事項が、休日の仕事で一気に片づいたのだろうか。
生理期間の初期というのも一因かもしれない。
これまでもそういうことはあった。

もし、やはり小野寺の要求と私への気兼ねの間で悩んでいたとしたら、あちら側で解決したのか、あるいは、腹をくくってしまい葛藤から解放され、私に言うだけになっているのか…。
私のほうの物思いは、久々に平穏になった絵里を見ても去らなかった。

思い返すと食事のあと二人して自宅でゆったりくつろいで飲むのは先週以来だ。

そんな雰囲気の中で絵里が切り出してきた。

「ねえ、日曜の夜さ、私が夜中にパソコン見てるときに、小野寺じゃないかって言ったでしょう。」

来た…。
一瞬身構えた。

絵里は私にかまわず続ける。

「あのとき、嫌な気がして傷ついたけど、心のどかで、ちょっと嬉しかったの。」

「え?」
何を言い始めるのか。

「きみが思ってるのとぜんぜん、ぜんぜん違うの。」

「?…」

「そんなメールのやりとりなんかぜんぜんないの。あるわけない。」

「そうなの?」

「そうよ。」

「でも以前も、今もあっちでの段取りとかメールしあったりしてるよね。」

「それはそうだけど、必要最小限の事務的なもの。そして、あんな時間に、それも昨日の今日でメールするなんてあり得ない。しかもきみがいるのに。」

「なんでそんなふうに言えるんだい。あり得ないなんて。」

「あり得ないからよ。そんな関係じゃないの。あの人と私は。お互い礼儀もあるし、プレイのことはビジネスと同じように取り決めているから、プレイ以外のシチュエーションで、社会人同志として非常識なことはしない。」

「なるほどね。言いたいことは分かったけど。で、嬉しかったって何なの。」

「そんなふうな疑いをかけられたのは、それは傷ついた。でもね、きみが私のことを本気で心配してくれてるからだって思ったの。そして、はっきりと口に出してくれたこと。もし、だまってそんなふうにずっと思われていたら嫌でしょう。」

いや、黙ってまだそんな思いをずっと抱いているのだけど、絵里は知らないふりをしているか?

「そういうものかな、女の人の気持ちって。」

「私の気持ち。だからへんな心配はしないで。そして、そんなに気になるのだったら言って。」

「わかった。」

「ありがとう。」

「じゃあ訊くけど、あれから小野寺と連絡はとりあっていないのかい?」

「今日、メールがあった。」

「え?」

「仕事よ。」

「ほんとに?」

「ほんと、私と上司へのccで来たもの。ほんとうに、仕事のもの。見たかったら見る?」

「いいよ。そんなの中身見てもしょうがないし。」

ビジネスの上で小野寺がメールをどんな文体でやりとりしているのか興味がないではなかったが、そんな風にまで持ち掛けられて見たいというのはしゃくだった。

絵里の感情の起伏についての憶測、絵里のメールを頻繁にやりとしているのではないかという疑念からくる重苦しい不安は、正面からの彼女の説明と、絵里の状態が元に戻ったことでとりあえず柔らいで行った。
とはいえ、ももやもやとしたものは消えなかった。

そのもやもやに、より鮮明な光を別の角度からあてる出来事が週末にやってきた。