182. ロールモデル

投稿者: ゆきお

二人でブランチを済ますと、告別式は午後一開始の告別式ということで、絵里は午前中の遅い時間には出ていった。

出る前に絵里が見せてくれた、地方紙の死亡広告の内容を思い出し、この葬儀がどんな意味を持つのか推測してみようとしたが、欠けている情報が多く、うまくはっきりした像を結ばない。

故人は小野寺の姓を持っていた。
とりあえず、絵里の言う葬儀の件は架空のものでないことが分かる。
式場は大きな斎場で、式が故人の生前の活動にみあった社会的な色彩を帯びるものだろうということは容易に想像できた。

ただし、組織名は何も出ていなく近親者のみによる葬儀のようだ。
喪主は別姓の人物で、その脇に長女として同姓の女性の名が出ているのも、長女の配偶者が喪主を務めているという絵里の説明と符合する。
小野寺武の名前はなかったが、「親戚一同」に含まれているのだろう。

死亡日が日曜の夜となっているのも気になった。
プレイの時間ではないか。
その情報は小野寺のもとにいつもたらされたのだろうか。
小野寺の行動、二人の状況にどう影響したのか。
通夜は近親者で済ませたと書いてあるが、小野寺はいつ神奈川へやってきたのか。
それらは、小野寺と叔父である故人との関係にもよるだろうと思った。
叔父甥といっても葬儀にどのくらいかかわるのかは普段からのつきあいによってくる。
そのあたりは絵里に訊いてみるしかない。

もやもやしながらも、私の思いはいつのまに、昨日の話しに出てきたS先生と奥さんの礼子さんのことに移っていた。
着実に研究者の道を歩む助教授と元同級生の妻、それは知らず知らずに学生時代の私にとってロールモデルになっていた。
不幸な二人の死によって封印されたかもしれないが、それはやはりずっと意識下にはあったと今にして思う。

絵里もそれを意識していたことがあった。

「素敵な夫婦よね。私たちもいつかそうなれるかしら。」

先生が元気なころ絵里は何度かそう言ったことがある。

が、その言葉はかつて口にされたことすら私たちの思い出話からも封印された。
そして、彼女が修士を終ると自らの経済力を身につける道に邁進したのは、もしかして、礼子さんの不幸な最期が関係しているのかと、かつても漠然と思ったことがあった。
それより前に、大学の常勤の教員という安定した身分の夫をサポートとしながら生きる状態そのものを私自身が作り出せないことは否応もない条件ではある。
が、それにしてもキャリアアップにかける彼女の情熱は、妻として夫に依存することの危険性をあのとき学びとったからではないか…心の奥深くに閉じこめてあった事がらに、改めて距離をおいて考えをめぐらせることで自分たちの歩んだ筋道がはっきり見えてくる気がした。

しかし、歩んだと言っても私のほうはどうか。
S先生がロールモデルと言いながら、今の私は最初の野望からは情けない状態だ。
絵里が違う道を自分で歩んだとしたら、私は自分の思ったのと違う方向を中途半端にしかたなく歩かされているだけではないか。
そして倫理的に見れば今私たちのやっていることは何だ、絵里も私もS先生夫婦に顔向けができるのか…。
そんなことをぐるぐると考えはじめると気がめいってきた。

何度かティータイムを入れながらネガティブな気持ちを振り払うようにともかくも仕事を続けた。